6969B
HOME
DIARY
REVIEW
LINKS
MAIL
V.S.WEB
HOME
DISCOGRAPHY
REVIEW
ARCHIVES
LINKS
BBS
MAIL
2006©
Bron Speed Inc.
All rights reserved.
Review Index
Column
■真田広之/Hiroyuki Sanada
『真田広之の白鳥座の戦士伝説』
真田広之と言えば、千葉真一の秘蔵っ子、志穂美悦子の弟分、「宇宙からのメッセージ」「百地三太夫」などのアクション俳優というイメージが強く、昔、彼の「愛の轍」という唄を聞いて爆笑していた僕にとって、周りの人間に彼のファンが意外な程多いのは驚きであったが、「たそがれ清兵衛」以来、演技派とかハリウッド進出とかの妄言もムカつく彼が、二十年近く前、宇宙電波戦争に巻き込まれた話を思い出したので。
「世界まるごとハウマッチ」という大橋巨泉司会のテレビ番組にレギュラー出演していたビートたけしの元に一視聴者からお礼の手紙が届いた。その差出人とは全宇宙の悪の権化と世界の裏側で念力戦争を展開しているという、自称正義の使徒から届いたものであった。以前よりその番組(ハウマッチね)内での巨泉のコメントが悪の権化らのメッセージツールにされており、以前、放送中に発せられた地球壊滅作戦の重要なメッセージをビートたけしが収録中に思いがけず立てた物音により妨害出来て、現在宇宙平和が維持されているのはあなたのおかげだ、という内容のものであった。
たけしはその異常な手紙を笑い飛ばし、深夜放送のネタに使っていた或る日、俳優の真田広之から突然、都内某所で面会したい旨の連絡を貰う。面識の無かった彼は訝しながらも弟子を連れ立って待ち合わせの場所に向かえば、くだんの場所は当時、各界でその高技術が騒がれ始めていた、さる接骨師の診療所なのであった。そしてそこには主である某接骨師に伴って真田広之が緊張の面持ちで待っていたのであった。真田がその技術の高さに驚愕し、以来世話になっていると紹介されたその接骨師は開口一番、 「”ハウマッチ”の際はありがとうございました」
と言うではないか、彼こそ正義の使徒、その人であり、
「たけしさんはメシアになるべき星の下に生まれたのだが、邪悪のエネルギーによりパワーを解放せぬよう封印されている。それを解けば真田広之さんの白鳥座の戦士としての眠れる自我が目覚め、悪の攻撃に立ち向かえる」
と怪しげな展開で、その封印とはたけしの癖である首のコキコキであるらしく、診療所の椅子に座らされたまま、どこから持ち出したか、正義の剣なるローマの戦士風の大きな銀色の剣を一振り、
「さぁこれで封印が解けました、今より2万時間後、封印が解け、パワーが解放されるので、真田さんのパワー解放を助けて欲しい」
とかなり先の話で、その時には例の癖も無くなるらしいが、困惑の表情の真田をお構いなしに、
「しかし私たちには時間が無い、だから私は来月、真田さんを連れてアメリカへ行き、悪の首領を倒しに行きます。悪の首領とはマイケル・ジャクソンなのです。彼を倒すにはハリウッドの或る中心スポットに真田広之が立ち、正義の剣を一振りするだけで良いのです」
その後、真田は本当にハリウッドに行ったのか、たけしの癖は治ったのか、真実は知らないが、当の接骨師はおかしな事に自宅への住居不法侵入により逮捕されたらしい。これも悪の仕業なのだろうか。
■山本麟一/Rinichi Yamamoto
若くして大スターとなった高倉健をあごで使い、生涯使い走りにさせていた俳優がいる。それが東映第1期ニューフェースデビュー、大部屋経由の悪役俳優、山本麟一である。
昭和23年、明治大学商学部へ進学を決めた高倉健は、明治に在籍する怪物のような先輩の噂を聞く。その男とは或る時は巡業サーカスの和製ターザン、また或る時は進駐軍相手のインチキプロボクサー、そしてまた或る時はMP泣かせのニセ外人など破茶滅茶な肩書きを持つ北海道からやって来た恐怖大王であったと言う。しかも彼はやたら腕っ節が強いだけでなく、人心掌握にも長けて、更にスポーツも万能の上、応援団幹部も務めながら全学生の動静に常に目を光らせているといった、まさに明治大学の暴力委員長のような男であったが、幸いにも入学と同時にその男は卒業するとの事で、ひと安心の高倉は、しかし新入生の歓迎会において突然壇上に現れた強烈な風貌の学生を見るや否や、感銘に近い思考停止に陥るのであった。
ゴリラのような体躯をコサック兵の制服に身を固め、唐辛子の化物のような帽子の下から尖った頭とぎょろぎょろ動く巨大な眼球を持った、その男こそ、噂の山本麟一先輩なのであった。その面妖で暴力的な存在感に圧倒され続けている高倉の耳には、壇上より咆哮が繰り返される己の名にしばらく気が付かなかったのである。
商学部の新入生に身長180センチという、当時としては長身の目立つ無愛想な学生(高倉健のこと)が居るのを発見した山本は、即日に高倉を相撲部に入部させ猛烈しごき教練を開始したのであった。
昭和29年「学生五人男」で準主役デビューしたものの、出演作の度にスクリーンの中心から遠去かりつつあった山本に対し、東映第2期ニューフェースでデビュー以来、大スターへの道を邁進した高倉。しかし高倉は先輩への敬意を表し常に共演を依頼、ヒーローを際立たせる典型的ヒールとして山本はその名と存在を知られるようになっていく。高倉の代表作「侠客」シリーズ、「網走番外地」シリーズなどを観れば高倉の横に常に山本が居るのを発見するであろう。
その後、山本は1980年、病に倒れ、53歳にて没するが、高倉は彼の死後、そのエピソードを人に語る度、こう洩らしていたと言う。
「ほんとよぉ、たまんなかったぜ」
Review Index