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Record

■秋吉久美子/ファースト/1975

  • 秋吉久美子/ファースト  1970年代の不良映画女優達がシングルリリースした、やさぐれバラードや怨み恋歌の数々は邦画ファンだけではなくサイケデリックマニアにとっても魅惑の宝庫である。その中でも日本暴力映画の最高傑作『0課の女・赤い手錠』主題歌、杉本美樹が歌う「0のバラード」と、スケ番映画の先駆『三匹の牝蜂』で和田アキ子がシャウトでキメるR&B歌謡「女王蜂のフーガ」が2大ズベ名曲として知られている。

     あなたがジャパニーズ・セクスプロイテーション・ムーヴィー・サウンドトラックを研究してみたいと願うなら、まさしく最適な作品集がある。それが「魅惑のムード☆秘宝館」と名付けられたCD6枚組108曲入りの煩悩ムード歌謡全集である。
     以下、気になったものを列記していくと、毛まんじゅうがいっぱいの暴力篇は、八田富子のドスの効いたブルース演歌の「女番長ブルース」(『女番長ブルース・牝蜂の逆襲』)、スケ番女優杉本美樹の「女番長流れ者」(『女番長ゲリラ』)、杉本とは双璧を誇る池玲子の「お蝶のブルース」(『やさぐれ姐御伝・総括リンチ』)、すどうかずみの前身である須藤リカが歌う叙情フォークの「冷えた世代」(『恐怖女子高校・女暴力教室』)などが挙げられる。
     また怨み篇としては、「玉割り人ゆき」こと潤ますみの「裏町巡礼歌」(作詩寺山修司、『現代娼婦考・制服の下のうずき』)、ロマンポルノ女優第一号の小川節子が青春残酷物語を歌う「怨歌情死考」(『傷だらけの花弁』)などが挙げられる。
     ここに在るものを私見ながら評すれば、サイケデリックの意匠をまとったメタ・ドキュメンタリー、またはその裏返しであると言えよう。とまれ内包する過剰な娯楽性の認知が重要なポイントである。
     ここで蛇足ながら個人的に付け加えておきたいことがある。収録されたファスター・プッシーキャット女優の中から、そして忘れ去られようとしていた記憶の中から或る一人のグラビアモデルの名を発見したからである。彼女こそが長い間、我々の心のきざはしに佇んでいた「天才の赤いりんご」その人である。その名を麻田奈美という。つまり麻田奈美こそがアソコの前にリンゴを置く偉大なヌード・ポーズを発明したニュートン級の天才なのである。彼女を知る者にとって、その残像は30年以経た今も鮮明であるに違いないであろう。閑話休題。

     さて最もサイケデリックな女優の歌と言えば、秋吉久美子であると即答出来る。1975年にエレックからリリースされた秋吉久美子のファーストアルバム、それはアスピリンをシンナーで飲み下したような激しい躁鬱に狂った傑作である。童謡や流行歌のカバーで占められた前半のただならぬ静寂感に心騒ぐが、やはり真骨頂は彼女の詩世界が爆発する後半であろう。女優とプロデューサーとの会話の形骸をインターセプターにして、現実に穿たれた異界巡りが展開されていく。
     シュールレアリズムそのものの「天才」、言語実験の「おそまつさまでした」、そして死者からの便りを思わせる「修学旅行の思い出」など、そこかしこに口を開ける現実の歪。なかでも「ヘリコプターを飛ばさないで、お願いだから黄色いヘリコプター、悲鳴をあげないで」と、ブリジット・フォンテーヌばりに囁き歌う「フロイト」は極め付きである。これは光化学スモッグを吸い込んで、真っ黄色の世界をさ迷う吟歌である。あなたは慄然し、空は落ちてくるだろう。
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  • ■暗黒大陸じゃがたら/南蛮渡来/1981

    ■じゃがたら/裸の王様/1987

  • 南蛮渡来/裸の王様  このアルバム「南蛮渡来」が未だに放つオーラの見事な美しさよ。
     1981年発表の大瀧詠一「ロング・ヴァケーション」、その魔法の如きエヴァーグリーンの輝ける時代、財団法人改メ、確かに暗黒大陸が東京に屹立しており、日本固有の共同体閉鎖性を頂に据え、土俗的且つ観念的なハレとケのやれつけそれつけを以って、世界で最初の、そして異界で最初のワールドミュージックは誕生した。それが「じゃがたら」である。
     心優しきその歌手、江戸アケミは日本人の心の猥褻な襞に向け、現実の本質をさり気無いキラー・フレーズに託して歌う。静寂と迷妄に塗れた覚醒剤の夜、彼の言葉の染み渡るさまに君たちは社会病理を幻視するが良い。共産主義国の典礼でもあるまいに、如何様にして白日を知らぬ者へと成り果てたのか。いずれのサボタージュ、即ち昼夜問わずのタンゴの快楽と無惨を描く「タンゴ」、デマゴーグとデモクラシーの境が決壊してさえ結晶を求める退廃を暗転させる「ヘイ・セイ〜ロックを葬り去る唄」、また別作品(「裸の王様」)収録曲であるが、時間と肉体の破棄にて彷徨する「岬でまつわ」などを聞けば、廃人差別を身を以って知ることになろう。
     江戸アケミは現実への虚無感をブラックジョークなどクソ食らえとばかり、諦念スピリッツに満ちた駄洒落だけを繰り返し、アフロ・ファンクのポリリズムの嵐にどですかでんの大騒ぎを煽動する。しかしライブ会場の客はそこで自らをカラクタ王国にてフェラ・クティに熱狂するナイジェリア人民と同じであると感じるのだ。
     「さぁしっかり狙いを定めて、いつもの様におやり」、この刃物の峰で性感帯を逆撫でするような言葉を紡いだ詩人は、やはり不穏の空気の虜であった。「スピード、スピード、もっとゆっくり急げ」と煽った者には、棺桶を待たせる此の世の陥穽に向けて、果たして反照したのだろうか。
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  • ■ガセネタ/Sooner or Later/1993

  • GASENETA  70年代東京アンダーグラウンドに存在したシャブ漬けのアントナン・アルトー。吉祥寺のジャズ喫茶「マイナー」を夜ごと蹂躙した文学と思想への病的な渇望は、マーク・ボランとブルー・チアーの接点に向けて体当たりを繰り返しながら、精神の速度を音楽に反映させる単純明快な方法に帰結して美しく自爆した。これはその記録である。
     光よりも早くあろうとした浜野純の痙攣モズライトが幾度も轟音モアレ状に走り去り、錐揉み状に山崎春美のシュマイザーの如き早口ボーカルが追いかけていく、まさにスピード・パンク、或いはメタンフェタミンド・ガレージ。4曲のみのオリジナルナンバーがただひたすらに、なしくずしに繰り返され、言葉の過剰にタルホのシャーマンが現れる仕掛け。録音は1978年、時期はバラバラだが、音質は最悪に汚い。現存したのが奇跡と呼ばれた発掘音源であるが、実は山崎春美録音の別テイク集も現存している。こちらは更に速い。

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  • ■安藤昇/港祭り/1977

  •  1975年の日本音楽界に於いて、空前の大ヒットを飛ばした「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は、ダウンタウン・ブギウギ・バンドのその後十年以上の安定を約束し、阿木燿子・宇崎竜童という稀有な才能を持ったヒットメイカーを生み出すに至った記念碑的な作品である。そしてここで語られる風俗によって我々はもう一つの横浜を改めて意識せざるを得ない。例えば松田優作が劇中で背負っていたような夜の街のうらぶれた空気、眼に見えない無国籍感といったもう一つの横浜は、1975年という時代に横たわっていた人々の真空に対して挑発と刺激を与える幻想の糧となり、また80年代迄の距離を計れぬような白痴的な焦燥と逃避の為には、宇崎の作品が放つ微妙なさじ加減のロマンティシズムは格好であったであろう。つまりそれは「身も心も」や「裏切り者の旅」がイメージさせる黒豹のエキス、或いは白日の処刑のような乱暴且つ茫漠の情景である。言い換えれば、70年代後半の日本の、未だ意識下に戦後を秘めておりながら更に敗北や挫折にも無感動な新しい虚無の姿なのである。
     阿木が処女作「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で見せた雄弁さを以って語った幻の横浜物語は多くの知るところであるが、その些中「港のヨーコ」の双生児とも呼ぶべき作品を或るセンセーショナルな話題と共に提供していた事を知る者は多くない。それは「港祭り」と題された、横浜・鶴見の"じゃもかも祭り"の狂騒とストイックな男の夢が交差する、もう一つの横浜物語の幻影である。歌手は戦後の渋谷で構成人数五百人を誇る学生愚連隊「安藤組」を組織し(花形敬、安部譲二ほか所属)、解散後に芸能界へ転身した異色俳優安藤昇である。安藤の台詞による物語の進展、コーラスによる場面転換など楽曲の構成迄、全く映し鏡のように相似形を成している。「あんたあの娘の何なのさ」の軟派フレーズが「今日はじゃもかも港祭り」とビブラートの効いたサビに置き換えられた、おとこの金太郎飴的異界が堪能出来る正に傑作である。 B面は同じ作家陣による「地獄門」、これもヤバい。
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  • ■タモリ/3〜戦後日本歌謡史/1981

  • 戦後日本歌謡史 『パンツ・フォー・ファイト』
     外泊するから勝負パンツとは此れ如何に。その勝負○○の「勝負」とは一体何に雌雄を決することなのだろう。小説や歌の題材に使用されることも多い、この勝敗の概念を過去の歌謡ロックのヒット曲を例証に考察する。
     歌は世に連れに倣って謎の勝負ソングの浅い歴史を紐解けば、その端を発するものは世良公則&ツイスト「銃爪(ひきがね)」であろう。フェミニズム一辺倒の歌謡ロック界に世良が投げた一石、この「今夜こそ落としてみせる」宣言や後発の「性(さが)」で歌われた「うおううおう」の耐え切れぬ悲鳴には「あら乱暴にしないでおくれよ」と夜鷹の台詞も聞こえ、垣間見えるはモジャモジャの毛ボコリの風が吹きすさぶ強制合体状況か、或いはまるで七十年代のストーンズかと思しきヴァイオレント・ラヴの小景には、何処の民主国家かと憤る人も多かったであろう。市川房江や中ピ連の時代を経て、「女はいつも泣いてばかり」とボブ・マーリーも語り、平和とメッセージの時代へと傾斜したのは当然の理である。
     そんな出る杭は打たれる諦念にプシガンガな時代に現れたのがバービーボーイズである。大ヒット曲「負けるもんか」で歌われていた「勝負」とは、男は己の欲望や誘惑と戦い、女は誘惑フェロモン噴射にて男の理性と戦うといった、うらはらな丁々発止。それはまさしくサイキックウォーの先鞭を呈していた。
     いつもの病気再発と訝しがる向きも想定内で述べれば、只今、現実世界で行われている征服戦争の進化形態を示唆したかに思えてしまうのは、少々何かやり過ぎかも知れないが。しかし恐らくロック歌謡史に於いて、この「負けるもんか」は互いに戦う男女が登場した初めての歌であろう。それは音楽に肉声を迎合する時代の到来に他ならないのだ。
     日本女性の美徳を慎ましやかさ、貞淑さを掲げてきた我が国の男性が、欧州気取りで「しかし夜は娼婦のように」な理想をバラックの一杯呑み屋で増長させる一方、反して女性は「亭主元気で留守がいい」と追随を許さぬ洒落たヒジ鉄の応酬から、小池真理子サスペンスを現実化したような停年離婚といったバックステップから放つ幻の右カウンターまでに及ぶ、必殺技の百花繚乱を見て、ようやく男はカエル跳びしか出来ぬことに気付くのである。女性の存在そのものの真なる向上と将来の逆転は充分予期出来たのだが。かくて父は永遠に孤独であり、男は永遠にあしたのジョーなのである。
     そして満を持して登場したのが、一時代昔の悪女の構図をグループ構成にしたシャブ中一名在籍のドリームズ・カム・トゥルー、ドリカムであった。彼らのヒット曲「決戦は金曜日」で歌われている野放図振りは押し出されたり膨れ上がったりとバブル時代を象徴しながらもセックス色濃い春歌の如き曲である。
     くんずほぐれつな肉弾戦を敢えて「勝負」と呼ぶ新感覚の萌芽は、戦後民主主義社会のアメリカナイズ完成を伝えている。そしてそれはベイシティ・ローラーズ「恋のゲーム」を聴いて、ヌメヌメ湿地のにゅるにゅるスポーツ大会を、またフォークソングの名曲、ジョニ・ミッチェルの「サークル・ゲーム」を聴いて、握るものを間違えた男だらけの発電所ゲームをイメージさせるようなゲーム感覚の時代到来をも告げていたのである。
     それから十数年、日本経済の悪化に影響され、全ての側面に於いて多様化を進めてきた我が国では、問題の勝負○○なる流行語でさえ、共通認識を越えた含蓄を欲する傾向を見せ始めている。その語彙に秘められた意味には、相互の拒否権の在り処やシグナル・暗号を示す者も居れば、人間性のバロメーターをそこに読む者も居り、または無味浅薄なゲームツールと認識する者も居よう。
     そして近年には、更に「負け」だけを徹底的に攻撃排除する民主主義的な反動ファシズムの姿も露骨に現れ始めた。比して「君子危うきに近寄らず」なニートの発生にも原因している。
     とまれ重要なのは前提の「勝負」に負けてはならないだけであって「勝負しなければ負けも無い」、こんなとんち問答も通用するのであろうか。是ぞまさしくボノボの精神也。ニャア
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  • ■西郷輝彦/ローリングストーンズは来なかった/1972

  • ローリングストーンズは来なかった  1972年、麻薬による逮捕歴の為にビザが発行されず幻に終わったローリングストーンズの来日公演、その事件をモチーフに無自覚と曲解を駆使して作られたこの歌の存在意義は未だ大きい。最先端と土着の同居を曖昧に諧謔趣味へと追いやるのを果たして消費と呼ぶのか。否、それは剽窃、若しくは怠惰に過ぎない。そして今や無自覚と曲解は風化に朽ちて、泥棒に使われる時を待っているのだ。
     ロックは死んだと言うは易いが、本当に信じておられるのであろうか。また何故かお答えしてもらえるのであろうか。この台詞を一人、また一人と小さな声で唱えだす状況こそが恐ろしい。それは木の葉が森に隠れるように野蛮と卑怯が音楽に紛れ込む時である。確かにロックは死滅しているが、滅びたものこそ何であろう。それは君らの御望みのものである。まさしく「This is what you want」なり。
     世界は寒く、だから火は付けられるのだ。例えばパラドクスもジレンマも存在せぬ地平には、元来あるべき姿に様々が美しく、鮮やかに心打たれよう。この欄にて紹介している音楽はそこに存在する。全身全霊に向けてのラフトレードなのだから、それに感応した故の言葉のもどかしさはさもありなん。
     斯くて僕の言葉に涙を流してくれた、或る旧友にこの拙文を捧げたい。
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  • ■早川義夫/かっこいいことはなんてかっこ悪いことなんだろう/1969

  • かっこいいことは  アーチストが新作を発表する毎に、彼を支持する者たちのあれこれ喋るぺちゃくちゃとは、大恐慌時代にも好事家がしぶとく生存している証しとなりえようが、新作の内容より風貌がゴンチチ化を越え坂崎幸之助化への段階に突入したを個人的には危惧しており、「ジャックスの世界」、そして本作という鬼神の傑作を双面にした者の後日談には、全くに御苦労マニア様と言う以上の興味も沸かぬ。かつて数々のジャックス代表曲に見られた早川義夫の詩情、その青白き内省の鋭い切っ先に翻弄されん快感は、彼の若さが屈折光に放つ輝き故にこそ在り、耳鳴りの結晶として在るが故である。
     さて例によって思春の永遠を象徴するが如きタイトルを冠せられた、この処女作の、一分の隙も無いとは言い難いながらの絶妙な完璧に、全世界のサイケデリックフリークらがこぞって驚嘆したのも頷けよう。そこに見つけられたものは、雁字搦めの観念地獄巡りやも知れぬ、また畸形のエキゾチシズムが醸し出す冷え冷えとした空気やも知れぬが、真の肝とは、ねじれの位置で表題が常に笑い見下ろしているという倒錯に、知らずと美を想えばこそである。
     和式スラップハッピーを思わせる「わらべ唄」によって綴り始められる迷宮。世界初のテクノポップ「無用の介」が残す空虚。そして今ここにある挫折を子宮幻想に重ね合わせた恋歌「サルビアの花」の燦めき。熱情をも反転して見せる「知らないでしょう」の曲折。更に「しだれ柳」や「埋葬」などの夜想曲が携える惑いの宿り。デヴィッド・リンチが「マルホランド・ドライヴ」で語ろうとしたことも同じであろう、つまりここにあるのは、心のざわめきに他ならない。またそれを知る寄す処でもある。
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  • ■Art Bears/The World As It Is Today/1980

  • The World As It Is Today  18世紀に生きた神秘の詩人ウィリアム・ブレイクは、前世紀より熱狂の続くオカルティズム、つまりブリテン聖地説を唱えて叙事詩「エルサレム」(1804年)を著した。それは世界を象徴する巨人アルビオン伝説が語られるイギリス・ブリテン島こそ、アトランティス大陸であり、首都ロンドンこそ聖地エルサレムであると説いている。「ミルトン」の序詩の一節を基に作曲された「エルサレム」は現在も英国国教会の賛美歌として歌われている。此処で歌われる緑美しいイギリスへの郷愁と剣を掲げて蹲踞し、正眼に構えた人々の姿を、清濁併せ飲み咀嚼した英国民の、精神の歴史として捉えると興味深い。
     元ヘンリー・カウ、元スラップ・ハッピーのフレッド・フリス、クリス・カトラー、ダグマー・クラウゼによるアート・ベアーズのサードアルバム「今日あるがままの世界」は、前述したような精神の歴史の優れたひとつの結果であり、冷徹な視線である。世界時評を迷宮にて楽曲化する試みはケレンを拒んで、解体の骸の如き生々しさを以って呈示される。この音楽を難解と言うに容易いが、しかしそれは君の限界でもある。これは時代に取り残された者への踏み絵になり、世界を呪う礎にもなろう。また彼らが世界を象徴する観点に在るのもブレイクとの接点が見えて興味深い。戒厳令下のキャバレー歌謡を思わせる「トゥルース」、まるで小野洋子のように軋んだ叫びを聞かせる「フリーダム」、そして「アルビオン・アウェイク」など、これは世界の中心で震動する異界のオペラである。
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  • ■Ash Ra Tempel/Seven Up/1972

  • 7up  儀式のように一人を取り囲む図式があるとしよう。その一人は即ち我々が目に見えぬモノへの生け贄である。その神と言えるものか、悪魔と言えるものかは定かではないが、そこに捧げられた人間を思いつくままに言おう。ファンカデリックのギタリスト、エディ・ヘイゼル、タコの山崎春美、そしてアシュラ・テンペルのベーシスト、ヘルムート・エンケである。
     アシッド・テストの罪でスイスに亡命していたティモシー・リアリー博士をドイツに召喚し、セヴンアップのボトル一杯に詰め込まれたLSDリキッドを廻し飲みしながらのセッションとは、サバトという他ないではないか。しかも何処ぞダウンタウンへ呼ばれたというのか、それは地獄の一丁目哉。更にはエンケは偶意の生け贄であったのだ。しかしその怨霊がゲッチングではなく、角谷美智夫の「腐っていくテレパシーズ」に憑依したことが現実とは小説より奇なりではある。でもさ、ヘッドフォンのジャックが刺さってないのにティモシー・リアリー、「イエイ」とか言って喜んでるよ。
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  • ■Asmus Tietchens/Formen Letzter Hausmusik/1984

  • Formen Letzter Hausmusik  1984年、ユナイテッド・ダイアリーズより発表されたアルバム「フォルメン・レッツァー・ハウスムジーク」を耳にした人々は、そこに収められた暗闇で輝ける金属を音像化したような電子音楽に、大きな驚嘆と畏敬を以ってその名を記憶に留めたであろう。それがアスムス・ティーシェンズである。彼の非人間的な冷徹さと精緻さでモザイク構築された電子音響は、衝撃的で未知なる前衛性を感じさせるものであった。
     1947年、ハンブルグに生まれ、少年時代よりシュトックハウゼンなどの電子音楽に傾倒、作曲を始めていた彼は、1976年にアルバム「クラスター&イーノ」へのゲスト参加を経て、タンジェリン・ドリームのピーター・バウマンの働きかけによりデビュー、後にスカイレコードよりアルバムを発表するもセールスに失敗、起死回生の復帰作が件の作品である。以来、二十年以上、一つのスタイルに捉われる事の無い斬新な手法を用い、伝統的なクラシック音楽、電子音楽、ミニマル・ミュージックなどの音楽的要素が渾然一体となった美しい実験音楽の傑作を数多く発表し続けている。
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  • ■Blue Cheer/Vincebus Eruptum/1969

  • Vincebus Eruptum  扇風機ちゅうもん。これ見てみ。モノとか道具ちゅうもんはな。便利に成れば成るだけな。下品な姿になりよるんやで。何ちゅう下品な佇まいやて思わへんか。扇風機の姿見て。な。でっかいプロペラが顔やで。風吹かしよるだけやで。どんだけ幅とっとおるねん。邪魔やん。でも許したらなアカンやろ。おれは、こいつに敗北したて思うわ。もしもおれ、本気でこいつと向き合ってるんやったらな。この夏の蒸し暑さにも負けて、それから扇風機にも負けてしまうことになるやん。そんなんなったらたまらんと思うわ。負けんねんで。せやから。おれは、この扇風機っちゅうモンに負けてしもうても、ええわて思えるようにな。下品やとか邪魔くさいとか思わんようにしてんねん。とりあえず尊敬したり、感謝の気持ちがあるように、思いこんでもうてな。それやったらまだ思わへんより、ちょうマシやねん。せやけどな。本音言うたら、こんなヤツ。おれはええヤツとも何とも思てへん。最悪に下劣なヤツや思てるで。扇風機。痛いとこを突くやり方しやがって。せやからよう見てみ。あいつのツラ。こうゆう知らん振りしてるけどな。かもし出してるやろ下品な本性が。ほんまにダニみたいやろ。なあ。何でおれらはこんなヤツに負けてしまうんや。夏やもんな。イヤやけど。しゃあないもんな。せやからな。人間でもな。上手いことゆうて、ええ具合なつき合いしよるヤツおるやん。そいつは絶対におれのこと軽蔑してる思うわ。下の下や思てるのに面倒やから、何や適当にあしろうてんねんで。でも言うてみたら、そいつはおれに負けとるんやんな。勝ってんねんやったらええわ。差別しよるヤツには勝っといた方がええねんけど。勝ったゆうても、そいつはどない思てるか分からへんやん。せやからそいつに聞くねん。どない思てるんか聞くねん。ほならな。結局はな。そいつはな。おれのこと、本音ゆうたら阿呆や思てる言うねんな。な。やっぱり思た通りやろ。上下関係やん。何でか。雇てもろてるヤツちゃうで。人間はすべからくこの世で平等なんちゃうんか。扇風機とおれの関係ちゃうで。そいつとおれは同じやろ。平等やろ。ほならどないせえゆうねん。何もしてへんし、されてへんのに。おれもそいつを尊敬したり、感謝したりする振りせなアカンのか。そいつから差別してきたんやで。な。もうしゃあないもんな。せやから。そいつの顔。おれの足で踏み潰したるしかないやん。そいつの顔。何べんも何べんも足で踏み潰してな。血い出るまでな。差別はアカンぞ。言うてな。暴力もアカンぞ。言うてな。どっちも分かってもらわんとアカンやろ。そんなん。絶対したないねんで。なあ。おれ何言うてるんか分からんようになってきたわ。シャブでもやろか。パカ。何もやってへんで。

     1967年にデビューしたアメリカ・サンフランシスコ出身の轟音トリオ。メンバーはギターのレイ・ステファン、ベースのディッキー・ピーターソン、ドラムのポール・ウェイリー。爆音ハードロックと感電したようなガレージサイケがせめぎ合いながら、爆発暴走したデビューアルバム「Vincebus Eruptum」。そこからシングルカットされ、大ヒットしたエディ・コクランのカバー「サマータイム・ブルース」こそが、ブルーチアーの魅力が濃縮された曲である。彼らのブルースフィーリングに同時期のクリームを思い起こす者もいるだろう。しかしクリームとブルーチアーの決定的な違いとは、その野獣性である。
     さてブルーチアーとは何か。過剰に増幅されたエレキの超音圧によって起きる肉体の震えである。そして同時に生まれる肉体上の巨大な空虚である。無数の横糸と縦糸に紡がれる音の石つぶてを浴びながら。しかし叙情的な黄昏があるのがブルーチアーだ。ブルーチアーとは、ガンジャとアンフェタミンのカクテルを指すスラングである。
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  • ■Brigitte Fontaine et Art Unsemble Of Chicago/Comme A La Radio/1970

  • Comme A La Radio  「世界は寒い。だからぼく達は火をつけるのだ」
     この詩が囁かれて「ラジオのように」は、世界への否定と虚無を纏ってひっそりと、しかし超然としてぼく達を見つめ始める。
     政治と前衛の季節、1969年夏、シカゴ前衛ジャズ連盟(AACM)のアート・アンサンブル・オブ・シカゴ(AEC)はフランスへ降り立つ。アヴァンギャルドシアターへの客演を機に彼らは、サラヴァ所属の作曲家ジャック・イジュラン、アフリカ出身の打楽器奏者アレスキ・ベルカセム、そしてその前衛劇のヒロイン、ブリジット・フォンテーヌと邂逅し、「ラジオのように」のコンセプトを固めていく。
     AECの反復増幅していくアフロ・リズムとスパニッシュの融合したアンサンブル、そしてイジュランとアレスキによる北アフリカの呪術的なリズムが織り成す凍えたような空間、紡ぎ上げられていく緊張感の張り詰め、そして停止したような時間の風景。それらの渾然が切り取られた慄然は、永遠の震動を約束されて在る。それは感性と情動、記憶と叙情、鮮やかな言葉と流麗なメロディを聴く者の全身に染み渡らせる。そしてまた呟きが聞こえる。「ぼく達はただ小さな物音が欲しいだけなんだ。そう、あのラジオのように」、何という挑発。
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  • ■Can/Tago Mago/1971

  • Tago Mago  現代音楽家やジャズミュージシャンらによるドイツのロックバンド、カンは既にデビュー盤で異常な熱量と彼岸の幻を現出させ、その独自の音楽性を完成させていた。黒人ヴォーカリスト、マルコム・ムーニーが重度の神経症でグループを去った後もなお、魂の惰性で進み続けるカンは、コンサート前のケルンの街角で東洋の神秘と邂逅する。
    「ジャキ、新しいヴォーカリストがやって来たよ」
    「僕らはヘルスエンジェルスの集会でプレイするのを目指している」
    と言ったか定かでないが、その東洋人の青年はそのまま夜のコンサートまで引き止められることになる。その夜は、連続サスペンスドラマ「ナイフ」の為に作ったナンバー「スプーン」によって幕を開けた。電子音響のポリリズムに奇妙なビートは撥ね上がり、執拗に反復されるメロディに二千人の観衆の興奮も最高潮に達しようかという時、ひとりの長髪の東洋人がステージに飛び出してきた。ケンジ "ダモ" スズキのデビューである。ステージに立った彼は会場を一瞥した刹那、マイクに呟きと叫びを繰り返しぶつけ始めた。時にはオーヴァーアクションで挑発するように、時には祈りを捧げる殉教者のように。戸惑う観客達を眺める無感情の視線と破綻したヴォーカリゼーションは、やがて暴動を引き起こすに至るほどの逸脱の極致を見せたのである。その瞬間、カンは再び異邦の神をその身に降ろしたのだ。後にホルガー・シューカイが述懐するに「サムライが飛び込んできたような印象だった」らしい。
     その後、メンバーは一年もの間、幽霊屋敷と噂の録音スタジオにこもり、1971年、歴史的大作「タゴマゴ」を発表する。其処には泣きのバラードも、「虹の上から小便」と飛び出す日本語の歌詩も、電子能楽も、フリークアウト・サイケも、そのどれもが畸形美を漂わせて痙攣したままロックのカリカチュア然として収められている。日本人として拭い切れない業は反発すれば反作用する。その自意識と無意識の拮抗の絡み合い、ダモの日本の歌謡曲への屈折した郷愁が、この傑作を生み出した所以であろう。
     ダモ・スズキはカンの音楽が持つミスティックな魅力そのものを象徴する人物であり、カンをより実験的でフリーダムな音楽性に導いた異邦のロックスターである。TVプログラム「ビートクラブ」の「ペーパーハウス」の映像を見ながら思うにメンバー向かって左方に幽鬼のように立つ東洋人の姿は、ある種の人間の心を永遠に奪っていく輝きに満ちている。
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  • ■Chrome/Half machine Lip Moves/1979

  • Half machine Lip Moves  デーモン・エッジ、ヘリオス・クリードによる西海岸のスーサイドことクロームの傑作サードアルバム(ホントはオリジナル・メンバーのゲイリー・スペインも在籍してるんだけどね)。クロームの特質を語るに、それは本作のタイトルに、また前作「エイリアン・サウンドトラックス」のスリーヴデザインに如実に現れている。それはエレクトロニクスとバンドプレイの黄金比率の絶妙に、更にそれをカットアップしたセンスによって成立している。彼らは一貫してそれを全うし、やがてはモスマンのイメージを作り上げたのである。
     さて話は変わるが、ネット用語の「空気嫁」なる言葉を初めて目にした時、すわ押入れ奥深くにぺしゃんこになって眠る花嫁マミちゃんのことかと狼狽したのも遠い昔、しかしそれらのリップサービス・テクニカルは進捗せずに幼女に接近する昨今、如何なものであろうか。わたしは近年、水と油の比重を膨張圧縮機能に利用した股間座布団様のシビレ子ちゃんを発見した時に大陸のタービニズムに思いを馳せて、夜に果てたとはここだけのハナシ。本作のタイトル、日本人の外来語認識では、「ハーフ・マシーン・リップ」と名詞で終わるのが座り良く、何故に「ムーヴス」かと大陸のタング・ツイストに再びクッションとくしゃみすれば、やがて靴音響きてクローム警察に御用なり。ニャア。
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  • ■Cluster and Eno/ST/1977

  • Cluster and Eno  アルバムスリーヴのデザインとしては最高峰であろう。勿論、内容も言わずもがな、最近では猫も杓子も口にする、所謂アンビエント・サウンド、若しくははチル・アウトの源流にして現代音楽からの分水嶺が脈々と息付いている永遠の傑作である。
     アンビエント・ミュージックの定義は、恐らくはエリック・サティの「家具の音楽」であろうか、それがブライアン・イーノのアンビエントシリーズによってポピュラリティを獲得し、現在に至る、環境に則したソラリスの海の如き音楽である。
     ドイツの実験的電子音楽ユニット、クラスターの、清冽且つ流麗な特質を、アスムス・ティーシェンズが更に解体した時点で、イーノの広大な額に雷鳴が轟いたのであろう。クラスターが発信する音の断片、それらを精緻に構築した渾然の向こうに、イーノはアンビエントのサウンドコンセプトを見出したのである。この美しいスリーヴが象徴する静かのサウンドスケープである。まさにまさに渾然の音楽である。
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  • ■Durutti Column/Return of Durutti Column/1979

  • Return of Durutti Column  きりりと締めた六尺一丁、ヴァニラならぬマニラなる葉巻を燻らせ往来に立ち、イナガキタルホの睨む彼方を考えるに、それは影を見て光になほざりなり。偏見を横目に剽窃に感極まり白眼剥くが如き蛮行、そして諧謔の何たるかを存ぜぬ無知蒙昧の輩への睥睨であろうか。そして廃墟が胸かき抱く青ゾラいざなうユイスマンス、彼が退廃に凝視したルルドの最期の光、その燦めきにたゆとう宙空の一点であろうか。夜の庭に向かいて黒猫の静観する闇にて、瞳の輝きの奥底に闇再び。斯くて是れ「灯台下暗し」なり。
     さて音とは何であろうか。音は全てに於いて何者にも等しく在り、時に虚空に美を見出すに似て、時に不可思議な因果を紐解き、時に心に思い描かれた不在にして、音は幻影と追憶に張り詰められた心の境地なり。故に音は永遠に在るが、反して君は五感の如何とも関せずに、大気にしきいや壁を作っておきながら、その震えに今更に何を言えようか。震えているのは君自身である。君の鼓膜や小脳が他人と相違無く機能しているのか。また此等の音や文字への共通認識は必要なのか。果たして現実の世界とは何か。己が何処其処の何某であるか。思い巡らせ眺むる宙空の空洞を思うに無残なり。斯くて是れ「過ちて改めざるを過ち」なり。
     丸善洋書店にて山積みの画集に檸檬を頂き、世界を爆破した梶井基次郎しかり、或いは身体を蝕むカリエスの如き傾いた文字で悲鳴を上げて見せたマンディアルグしかり、共鳴と孤独に進退両難なるギタリスト、ヴィニ・ライリーが何故に静謐の淵に佇むようになったのか。何故にスリーヴをサンドペーパーで包んだのか。何故にスペイン革命の英雄的アナキストを名に冠したのか。それは電子音の切れ切れに心臓の鼓動と小鳥のさえずりを幻聴せしめた世界への純粋なる全否定の声明文である。これが地獄の音楽である。
     ドゥラッティ・コラムは、ヴィニ・ライリー、マーチン・ハネットによるアコースティック・ユニット。哀しく冷たい調べが夜を斬って心ざわめく、それは静かに発狂するエリック・サティ、或いはパステルカラーで彩られたアール・ブリュであるや無しや。
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  • ■Faust/So Far/1972

  • So Far ギョエテとはおれのことかとゲーテ言い、チョピンとはあたしのことかとショパン言い、ソー・ファーでソファに寝そべり耳にする、極北気取りを殺そうか。これがファウストのブルースである。
    あらかじめ光る風に曝されて飴色鈍きコミューンを仮装す四人と一人、ファウストは、美学と感性と才能のあらゆる尺度を曖昧闇に塗り込めて、この漆黒の作品「ソー・ファー」を此の世の片隅にそっと仕掛けた。一寸先さえ分からぬ闇に足枷手枷の全身で、その本髄を知る本作は正に『世界の果てまで連れてって』、十数葉のイメージに息を顰めてロマンチシズムの陶酔へ、暗黒で交わす肉欲の共犯までも呑み込んで、カリカチュアの甘美な牢獄に身悶える君は静かに世界の欲情を見守るのだ。それは既に誰かに明け渡された魂の為の彷徨い指針の成せる業でもある。
    スラップ・ハッピー「ソート・オフ」にてファンタジーと前衛ポップスの箱庭を作り上げた彼らファウストは、ブラックユーモアも哄笑も原始も幻視もケミカル・トリップもナンセンスなどの市井の嗜みを皆無に、唯物的に屹立した静かのニヒリズムである。或いは暗黒である。
    異界のアントナン・アルトー然として佇む幽霊に微かに赤いポリドールロゴが照らす影走り、ようやく気付け薬を与えられては無意味の法典を暗誦する日々に君はいる。おのれがいったい何処ぞの何某かを母の胎内にまで遡り、その名を訊けば「イッツ・ア・レイニーデイ、サンシャイン・ガール」と繰り返される経文に君は世界の滅びを知るだろう。来るべき日には退廃を咀嚼する淫靡の空気をいっぱいに吸い込んで滅びに手を貸そうじゃないか。「イッツ・ア・レイニーデイ」
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  • ■Funkadelic/Maggot Brain/1971

  •  1950年代半ば、アメリカ、ニュージャージーはレインフィールドの何の変哲もない床屋の物置にて、天才ジョージ・クリントンを中心に結成された黒人コーラス・グループ、ザ・パーラメント。1956年には早くもデビューする彼らだが、大手レコード会社の眼に留まるのは1967年、苦節十年以上も下積みの後。しかしもカカシもモータウンのツテを頼ってメジャーデビューの陽の目を見るも無残な、パーラメント名義ではデビュー不可能なる無情の知らせ。さすれば「これでどうだ」とグループ名義をファンカデリックと変えてデビューしたのが1970年。カイコが桑の葉啄ばむ如き音にて幕開く、ファンクとサイケデリックの融合はフューチャー・ディスコティックの40年先を走る程に衝撃を与えて、「ソウルとは何ぞや」とナイフの切っ先を突きつけながら、果ては「ファンカデリックって何だよう」と手の内で弄ぶ茶目っ気さ。そして時代はサイケデリックの真っ只中の1971年、ジミ・ヘンドリックスに雷光の洗礼を受けたギタリスト、エディ・ヘイゼルが狂気の淵に佇むことになった問題作「マゴット・ブレイン」を発表する。蛆虫脳とのタイトル曲は未来永劫、ロックの命題として屹立している。脳ミソを溶かしたいなら、これである。スリーヴにある歓喜を見よ。
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  • ■GURU GURU/UFO/1970

  • UFO  精神統一、無我の境地に入って本質を見極めよう座禅とは如何なるものか。心静かに板の上に座し、黙想を始めれば、次第に痺れ出す両足、尚も痺れに耐えれば、それは足から徐々に移動しつつ、丹田を中心に熱い奔流のように更に全身に痺れをくまなく行渡らせて、それとは別の丹田の熱気が上方に移動し始めれば、それらを耐えた全身は既に感覚を失い、視界は靄に霞み、目を閉じれば放電したかのように、さて丹田より昇った痺れの熱に耐え続ければ、そして肩、首、遂には額へ至れば、痙攣に近い全身は震え、涙あふれ、漏れる嗚咽の内に見えるのは眩い光の万華鏡か桃源郷の幻か、アシッド・ドリームの展開にふと闇から我に返れば、目の前には本堂の金色菩薩像が見下ろして微笑みかけるという、此れゼン・ジャンキー体験談なり。
     マニ・ノイマイヤーの趣味ゆえにブラック・ユーモアをその性質に挙げられるグルグルであるが、彼らの本質とはウリ・トレプテの魔人か黒蛇の如きベースと、ギタリスト、アックス・ゲンリッヒのヘヴィなノイズ志向があってこそグルグルの真骨頂である。彼ら、オリジナル・トリオによるファーストアルバムが本作である。ただひたすらに重く、地獄への道行きを思わせる。バッドトリップの果てに見たUFOへの恐怖、これはまさに幻覚の再現なのだ。さすればUFOの正体とは何か。音塊ではないのか。いや蛍光灯の傘であろう。

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  • ■Jane Birkin/Di Doo Dah/1973

  • Di Doo Dah  麻薬と乱交のアクション・ペインティングにて暴力の抜け殻を描いた映画「ガラスの墓標」は、少年の思春を陵辱するに余り、更にはマザーコンプレックスの病も少なからず与えて、狂気に血肉を与える傑作である。原題カンナビス(大麻)が象徴する快楽の極北と愚直な人間模様の等価交換は、つまりポルノグラフィの純血故である。
     斯くて骨の髄にまで欲情のプレートを埋め込まれた後、銀幕に登場するジェーン・バーキンは、虚脱を媒介して骨抜きを施すセイレーンの如き存在。振幅の激しいサックとファックは曖昧なる革命への幻想を育む礎である。
     斯くて牢獄の虜にて、その音楽を問えば、本質とは特有の匂いと温度である。その詳細は自己の宇宙のように筆舌に尽くし難く、そして意味を成さない。感性は無限であり、陥穽も無限である。妄想するにのっぺりしながらも緻密な社会を形成する機関にて器官なり。その反極は政治を司り、がんじがらめの果てに虚無を玩ぶ思想にて死相なり。
     鬼才セルジュ・ゲンズブール。彼の無頼と逸脱はニンフの触媒を必然として成立する。その存在は伝え聞く噂だけの幽霊に過ぎず、その正体とは一人歩きせぬ分身と同胞なる傀儡に在る。マンドラゴラを思わせる饒舌な傀儡に翻弄される分身の諧謔こそがゲンズブール特有のニンフのランドスケープである。妄想に従順且つ緻密な人工的エキゾチシズムによって女性の生身が現出するジレンマは、しかし彼の傀儡の一人歩き故にである。
     で、ジェーン・バーキンのアルバムはこれに尽きる。あとのアルバムは全て、彼女の声の耳鳴りである。
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  • ■John Lennon and Yoko Ono/Wedding Album/1969

  • Wedding Album  ジョン・レノンとオノ・ヨーコによるアヴァンギャルド三部作(「トゥー・ヴァージンズ」「ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ」)の最後を飾った本作は、お互いが名前を呼び合うだけの「ジョン&ヨーコ」とアムステルダムでのベッド・インを収録した「アムステルダム」を収録した、難解の反極を一周する作品。ジョン・レノンのアヴァンギャルドへの絶妙な姿勢は天才的やも知れぬ、えも言われぬ不思議な印象は、カールハインツ・シュトックハウゼン「少年の唄」と重なる。
     さてさて、昭和十年代の東京、浅草を拠点に生来の手器用と人並み外れた演技力を悪用し、その名を知られたスリの大物がいた。彼、伊藤忠治の鮮やかな手さばきは、相手にそれと覚られることなく、それどころか喜ばしい気分の内に仕事を終えるので、彼の尻尾を掴むのに当時の警察は大変な苦労を強いられたらしい。浅草の雑踏を徘徊する紳士に、さも偶然に友人に出逢ったように馴れ馴れしく話しかけ、二言三言、言葉を交わした後に「まっ、今日もお仕事頑張って下さい」と紳士の肩を叩いて別れる。さすれば、紳士の財布や金品、その他は雑踏に紛れ込んだ伊藤某の懐の中って按配。彼の通り名を「行ってらっしゃいのチュウ」という。チュー
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  • ■Judy Henske/Judy Henske/1963

  • Judy Henske  アシッド・フォークの女王との異名を持つフォーク、トラッド歌手ジュディ・ヘンスケをご存知か。例えバート・バカラックの曲であろうが、フレッド・ニールの曲であろうが、ダルな空気で満たしてしまうと言われる独特の歌声を聞けば、それがあながち間違いだとは言い切れぬと分かるであろう。しかし彼女が醸し出す高い湿度の濃密な空気には、無意識下での偶発性と緻密な計算式によるプログラムとのシンクロニシティ、つまりデジャ・ヴュの本質と同じ感覚美を孕んでいる。彼女の話し声、歌い回し、メロディなどに想起されるものは、ただ記憶のひだに隠されていた過去の断片かも知れぬ、また実質化出来ぬ断片らしきものかも知れぬ。それは以前、子守唄にして聴いていたかのような感慨深さ、そして素朴な荒々しさを以って情感に迫り来るものなのである。私の拙い憶測で断言すれば、このえも言われぬ心の移ろいの風景こそが、共同幻想という概念を生み出したものであろうか。
     ここに収められた「ラヴ・ヘンリー」を聞いてみて欲しい。五分近くまでに及ぶスタンド・アップ・コメディ風のライヴMCに続いて、まさに立ち現れるように姿を見せる楽曲、それによって掻き起される郷愁こそが彼女の歌声が持つダイナミズムの証左である。
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  • ■MC 5/Kick Out the Jams/1969

  •  政治とロックの季節に生きた、全くそのスジの人々MC5(モーターシティ・ファイヴ)がデトロイトロックシティのオイル愚連隊としての顔とブラック・パンサー党と結託した政治結社としての顔を持っていたのは有名なハナシ。鉛のビーンボールを喰らわされるかのような第一声「あほんだら!どかんかい!殺すぞ」の宣言で幕を開ける、暴力的ロックショウを記録したファーストアルバムが本作である。
     鳩胸(クルックー)を輝くラメスーツで包んだアフロ歌手ロブ・タイナーのステージアクションによって情熱の嵐が吹く中、過剰なロック&シャウトがキメに入った刹那にメンバー全員がエビ反りアクションでサポートするといった、まさしくリアルどおくまんを体現したロックバンドであるが、後半になるにつれて、馬鹿爆発の爆風が余りに大きかったのか、異界の扉が開いて宇宙のジャズ・ピアニスト、サン・ラが登場、名曲「スターシップ」を共演する大団円と相成る次第。お答え致します。ガソリンタンクの宇宙へ飛び立つポンコツ車が見えます。
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  • ■Neil Young/Harvest/1972

  • Harvest  黒塗りポンティアックの霊柩車をマイカーにして、サンセットブルヴァールをぶっ飛ばしていた男、それはニール・ヤングである。1966年、或る春の日、スティーヴン・スティルスとリッチー・フューレイがすれ違った霊柩車の運転席に旧友を見つけ、それがバッファロー・スプリングフィールド結成へと至った訳だが、腕は確かであろうとも人間性は最低だと互いに心底感じていたスティルスとヤングの共同作業が長続きする訳も無く、バッファロー解散後、「スティルスからの解放」を歓ぶヤングは、早々にクレイジーホースを見つけてソロ活動を開始、大傑作「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」をものにする。しかし、そこで満足する暇を惜しまず、ストレイ・ゲイターズを率いた彼は、カントリー風情に大仰なオーケストレイションを配した中に、ただ唄声が剛直屹立したかのような作品を作り上げるのである。それが本作「ハーヴェスト」である。全米一位の大ヒット曲「男の勲章」の他、無垢にも程があるくらいの負け犬振りが痛々しく、大感情が洪水のように溢れ出る。「男には家政婦が必要」とチャーチベルを鳴らしながら歌える人間は、この作品によって過去を完全に葬り去ったと確信したに違いない。しかし彼はルーティンワークの葬儀を一つ終えたに過ぎなかった。既に腐れ縁の男スティルスと共にクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングというグループに参加していたのである。本当に何も考えていないのであろう。斯くてその無感覚がグランジを生み出す起爆剤になったのであろうが。
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  • ■Nurse With Wound/Thunder Perfect Mind/1992

  • Thunder Perfect Mind  1979年、ノイズアーチスト、スティーヴン・スタプルトンを中心に結成されたミュージック・コンクレートユニット、ナース・ウィズ・ウォーンド(負傷した看護婦の意)。ノイズ・コラージュのマエストロとして、その名を知られる彼らであるが、その本質とはカールハインツ・シュトックハウゼンの正統な後継者であろう。百花繚乱の音のパッチワークによってグリム童話やナンセンス小説、またはクエイ兄弟のパペット・アニメーションのような悪夢世界が描かれていく。それはぜんまい仕掛けのシュールレアリズムの如き。
     そして1992年、アポカリプティック・フォーク・ユニット、カレント93と共にアインの役目を負うてリリースされた本作は、それまでのイメージを一変させた鬼っ子でありながら、佳境を示して君のハートに雷鳴轟く最高傑作と合い成っている。ジェネレーターを思わせる強烈な発振音とヴァイブ燦めくガラスの響きが、電子音楽の歴史に彼らは大きな足跡を残すさまが窺える。ミックス・編集はスタプルトン、エンジニアはコリン・ポッター。
     「冷たく」「もっと冷たく」と覚醒の世界は、まるで若松孝二監督作品「処女ゲバゲバ」の白日の処刑を思わせる。おのれに巨大なる虚無を孕んで、更に裏返って無尽に食い尽くす。聞いて狂え。強烈にテトラヒドロ的。
    (ミュージック・コンクレート:ラジオ・フランスのエンジニアであったピエール・シェフェールによって発明されたミュージック・コンクレートとは、現実の音を本来の音の在り方から変形・構築する音のボキャブラリーの一種である)
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  • ■Nurse With Wound + Whitehouse/150 Murderous Passions,Or Those Belonging To The Fourth Class, Composing The 28 Days Of February Spent In Hearing The Narrations Of Madame Desgranges, Interspersed Amongst Which Are The Scandalous Doings At The Chateau That Month/1981

  • 150 Murderous Passions  全否定だ。おれは布団の中で身をよじって、さっきまで考えていたことを人に呼びかけるくらいの大きさで口にしてみた。起き上がるのが嫌で、自分の周りに散乱した雑誌や単行本の背表紙を漫然と眺めながら、胸の内部に珊瑚が伸びつつあるイメージを思っていた。マルキ・ド・サド「ソドム百二十日」、牢獄のサドが幅12センチの紙片を長さ12メートルまでにつなぎ合わせながら蟻のような文字で綴った地獄篇である。全否定だと起き上がれば、言い訳代わりの不調も忘れて、憎しみの記憶をページに手繰り、顛末を改めて思い返す。一日で最初の儀式だ。自分の脳味噌が昨日通りであるのを確かめる虚しい習慣。自分の能力を確認することから逃げて久しく、またも言い訳代わりにカクメイと名付けて自己完結する卑怯者の論理。それを反芻するだけで酔ったような頭は、金属音と奇声の反響を聴いている。時間はゆっくりと止まる程の流れだ。スリーヴに折りたたまれたポスターは何故か「インセクト&インディヴィデュアル・サイレンス」のものだった。それを目の前の壁に貼り付けて、もう一度言おう。「全て否定だ」
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  • ■Patty Waters/College Tour/1966

  • College Tour  前作「シングス」に収められた「わたしの髪は闇の色」の、声がピアノを陵辱するが如きほの暗い闇の幻に魂を氷結させた諸氏よ、次の「カレッジ・ツアー」へ歩を進めて何を思っただろうか。これを耳にしても尚、よもや怨念や狂気で説く愚鈍はおるまいが、笛に踊って服を脱ぐ田舎っぺだけのとぐろする日本サイケの風潮へ、踏み絵を以って再び体感すれば良い。
     ロスアンゼルス出身の平凡なジャズ・ボーカリストであった彼女が、その特異な才能を発揮したのは、六十年代の政治と前衛の季節によってであった。夜毎世界に向けて産み出される異種の萌芽はニューヨークのジャズレーベルESPによってつぼみを膨らませ、そのさ中、パティ・ウォーターズはまさに陰花植物のように花を咲かせたのである。
     暗黒の歌姫の名を決定付けた「シングズ」、そして同時期にリリースされた「カレッジ・ツアー」の二枚のアルバムは、反射光の異質によって闇の相似を成したシャムの双子である。氷結と戦慄、または感銘と共鳴という異貌が露わにされるのは、皮肉にも三十年の時を経て後であるが、しかし本作はその本質を伝えるに充分余りある内容である。つまり人間の声が楽器音の高みにて融合し、乱反射する瞬間こそが本作のすべてなのである。
     何故に彼女の声に狂気を思うのか、その理由も明白である。観客の拍手を現実に据えて対比させるが故に、暗闇の深みと重量を心に刻み付けるからであろう。狂気は、しかし悲鳴の如きフルートの音として確実に記録されている。或る終末の日、異界へ戻っていったジャズマン、ジュゼッペ・ローガンによる妄想の電波が、それである。
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  • ■the Pop Group/For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?/1980

  •  イギリス・ブリストル出身のアンファン・テリブル、ザ・ポップ・グループ、同時期に発生したポスト・パンク群に於いて、彼らが破格だったのは19歳という平均年齢の低さもさることながら、その形容不能な音楽性と政治的姿勢にあった。レゲエバンド、マトゥンビのデニス・ボーヴェールによって解体・再構築されたその特異な音楽はファンク、インプロヴィゼーション、フリージャズ、ダブ等々、一聴していずれでも有り、いずれにも非ず。
     政治意識を全うする試み、それらをストレートに表現・発生・記録したものが、音楽の怪物性を発揮し、極めてシュールレアリスティックに形成されたものがザ・ポップ・グループの音楽である。それは彼らの音楽が何らかの解答(例えばストイックな姿勢や過激な音楽性など)を明確に示していながら、実は何も示していないような全く逆の希薄さが顔を覗かせている点に気付けば、自ずと形成過程は見えてくるだろう。
     しかしそれは決して偶発的に産まれた音楽という意味ではなく、彼らが自らの資質を自覚しながら、早熟という得体の知れぬ衝動に忠実で、ザ・ポップ・グループという逆説にさえも忠実だったからであろう。
     分断されたポピュラーミュージックやライヴニュースのコラージュ/ミックスによって脳裏にポリティカル・メッセージが投射される構造の理知的さこそ、正しくザ・ポップ・グループの本質に近いものがある。其れ即ち回転禁止の青春なり。
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  • ■Public Image Limited/Flowers of Romance/1981

  • Flowers of Romance  その名に地獄を持ったニューヨークの詩人リチャード・ヘルが7つの注射針痕残る左手を張って、穴の開いたボロボロのシャツに砂糖水でセットされた髪、ギターをかき鳴らして「ブランク・ジェネレーション」を歌う姿。それを観たマルコム・マクラーレンがイギリスに輸入したものが、パンクであるのは有名なハナシ。そんなデッチ上げに青い反抗心を以って衝突していたジョン・ライドンがセックス・ピストルズを脱退し、「本格的な」バンドを作ろうと結成したのが、皮肉と嘲笑に塗り込められた実験パンクバンドのパブリック・イメージ・リミテッドである。
     名作「メタルボックス」をモノにした後、ジャー・ウォブル、マーチン・アトキンスのリズム隊が脱退し、ジョン・ライドン、キース・レヴィンは帰れない二人にならぬ様、マネージャーのジャネット・リーを加入させモデルに起用して、三人になったがさてどうしたものか。ここは原点回帰、レッツゴー三匹、思考の次元を変えて、最高の効果を上げることを考えようじゃないかと、ジョンがセックス・ピストルズ結成以前に付けていた名称をタイトルに、ニューウェーヴらしくセンスだけで「アラーよ」と出前一丁に作ってみたらこんなん出ました。  ニューウェーヴとは何ぞやという問いに応えるに充分以上の内容である。ほぼドラムと声のみと言っても良いかも知れぬ。スティーヴ・リリーホワイトへ挑戦するかのような緊張感一杯の音空間にホルガー・シューカイはステレオの前で思わず正座したらしいが、テーマはズバリ「音響」と「イスラム」である。更には、出来るだけ高音質のステレオセットでの再生を指示する但し書きが付いている。
     ニューヨークの、と或るディスコで行われたプロモーション・ライヴは、ステージをスクリーンで覆い、登場したメンバーらはシルエットのみ、ターンテーブルでレコードを再生しながら、客を小馬鹿にした台詞で煽動に次ぐ煽動、「This is what you want」と言うや否や大暴動の内に幕を下ろしたという?末。そしてこの作品を機にジョン・ライドンはアナキズムに傾倒してゆくことになった次第。ニャオーン。
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  • ■the Shaggs/Philosophy Of The World/1969

  • Philosophy Of The World  永い懲役を終えて出所した元レイプ犯が裁判で不利な証言をした弁護士一家に執拗な嫌がらせを続け、正義の失墜に満ちたりるという映画、それが1962年の「恐怖の岬」である。名優グレゴリー・ぺック演ずる父権を象徴させたかのような頑強さを持つ反面、脆弱さをも併せ持つ弁護士と、そしてロバート・ミッチャム演ずる腫れぼったい寝惚け眼の、前年「狩人の夜」で見せた粘着性を更に増量したヌメヌメ肌の爬虫類質パラノイアとのスリラー対決は、バーナード・ハーマンの恐怖劇伴も冴え、ハリウッド変態娯楽映画集の中でも上位に位置する作品である。
     その二十年後にリメイクされた「ケープ・フィアー」は、監督のマーチン・スコセッシによる手堅い演出に加え、レイプ犯を演じたロバート・デ・ニーロの濃厚な南部訛りの演技が効を奏した佳作であるが、しかし前作のミッチャムの怖さには到底敵わぬ、及ばぬ。
     しかし故意にか、それとも単にありふれているだけなのか、パラノイア犯罪者を演ずる俳優の名が「ロバート」である一致、そして「ケープ・フィアー」公開当時、アメリカTV界を席巻していたダークソープ「ツイン・ピークス」の悪の権化の名が「ロバート」の略称「ボブ」であるというピーカーらの指摘通り、その暗合はアメリカ大陸に住む者だけがその血で感受出来る曖昧の叙情なのであろう。デヴィッド・リンチが処女作から、忠実に丁寧に歴史構築してきたアメリカの「暗黒心」叙情の集大成が「ツイン・ピークス」であるのは間違いない。しかしそれが家庭内、或いは限られた時間と空間で分断された主題の重層故に、異邦人には容易に体感出来ない歯痒さよ、これを越えて後にようやく、我々は世界の外側に直面する作品「ロスト・ハイウェイ」や「マルホランド・ドライヴ」を楽しめるのだから。だからこそリンチはわざわざローラ・パーマが死ぬ前まで時空を戻してみたり、老人が運転するトラクターで世界の外側へ緩慢に旅立ったりして、皆が追いつける時間稼ぎをしていたのに甚だ無念である。
     数年前、音楽・文学タームとして現れた「アメリカンゴシック」の本質は、上記の暗黒心と双子のような存在であるのだが、それを説明するに相応しい挿話を一つ。
     1960年代も半ば、アメリカは北東部、ニューハンプシャーにあった音楽一家、ウィギン家は、いつも楽しい音楽と笑いの絶えない朗らか家族でありまして、そこに育った三姉妹、違う事無く大の音楽好きで、娘思いの父親が彼女らに買い与えたのはギターにドラム、三人三様、見よう見まねで演奏するが、これが何とも、下手の横好きなどと言って済ませられない腕前で、しかしそれでも頑張る娘らを見て、親父訳無く熱くなり、「鉄は熱いうちに打て」ならぬ「ブタは今が旬」と言ったか知らぬが、青息吐息でヘソクリ捻出、娘達の演奏一式スタジオ録音を敢行、時は風雲急を告げる1969年、遂にファーストアルバムは堂々完成、ご近所さんを前にしてデビューを告げるも閑古鳥、言わずもがなでその後は、家族で細々営業続け、時には押し売り同然で、レコードを売り捌く日々も十年余りに。ところが1980年、プレイボーイマガジンでフランク・ザッパが大絶賛するや否や、続いてジャズ界からカーラ・ブレイが、更にパンク姐さんパティ・スミスが絶賛の顛末に現在に至り、さてこの詳細な与太話、極東の目玉親父まで知っているという、まさしく怪談シャグスの巻で御座いましたが、此れ即ちアメリカンゴシックの一つの神話である。
     言っておくがロウファイやスカムの視点を持つ者にシャグスの素晴らしさを語る資格は無い。また音楽性を形容するに「産地直送」も「音楽の原子」も的確為らず、全てがマヤカシである。「目の前の鏡で遠くに居る自分の顔を覗き込んでしまった」といったマジックリアリズム的怪談こそがシャグスの本質なのだ。つまり慄然である。
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  • ■the Stooges/the Stooges/1969

  •  ジョン・ケイルがプロデュースのファーストで、この人如何で、とやかく言う人間は死ね。故にイギー本人も死ねば良いのであるが、行儀の良い録音だとか、ライブの迫力を半分も伝えていないとか、3曲目のヴァイオリンが余計だとか、本来の荒々しいサウンドとは異質だとかの意見ばかりが聞こえるが、ソニック・ユースやプライマル・スクリームに賛同出来る程のリスナーならば、素直に耳を傾けるべきロックンロールの怪物的傑作にして奇蹟の音響であると私的に信じているが、サウンド(またはドローン)、電気増幅されたロック、ギミック、楽曲、レコーディングなどのキーワードについての見解の相違が要因になる為、偏見には偏見を以って色眼鏡を外さないことには、高い完成度を持つ楽曲や限り無くロウな編曲を含めて、本作の素晴らしさが理解出来ぬとは嘆かわしく、それではヴェルヴェットもドアーズもビートルズさえも誤解されている証左でもあり、これはひとえに戦後民主主義教育の付けの一つでもあろう。
     「1969」のシャブ中の如き暴力性のスピードロックンロール、続く未来を幻視するような音に迎えられる「あなたの犬になりたい」の退廃の輝きから急転直下、イギーのガレージ感覚とケイルの高踏趣味のメタル音響の出逢いが生む大暗黒の「崩御」が唸る前半、そしてモータウン的サイケの極致の中に麻薬のような世紀末文学の香りを漂わせたガソリンと血のリチュアルロカビリーを揃えた後半、というリアリティ、かくして永遠に偏見のブルースは滅びぬ。
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  • ■Suicide/Suicide/1977

  • Suicide  かのナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーは、生涯に於いてただ二人だけの女性しか愛さなかった。一人はザルツブルグの山荘でのエピソードに頻繁に登場する最初の愛人ゲリー。ヒトラーの実の姪であった彼女は、そのジレンマに苦しんだ末、ピストル自殺によって22年の生涯を終えている。そしてゲリーへの悲嘆に暮れているヒトラーを慰めながら、結婚を夢見るまでに愛情を深めていったのが、最期の愛人として知られるエヴァ・ブラウンである。
     思わしくない戦局から次々と彼の下を離れてゆくゲーリングやヒムラーら側近達に反して、エヴァは自ら総統官邸の地下壕にまでやって来てヒトラーの傍から片時も離れず、ずっと寄り添って献身を尽くし、彼の心を解きほぐしてゆく。
     1945年4月29日、革命の敗北とナチスの終焉が間近だと覚ったヒトラーはソ連のベルリン総攻撃を横目に、ある重大な決断をする。それを一生涯独身主義を放棄して、エヴァ・ブラウンと結婚することであった。さればこそアドルフ・ヒトラー、独裁者だけにファッショな振る舞いをする男ではなかった。まさに男の中の男である。
     ヒトラーとエヴァ・ブラウンの結婚式は、ソ連軍の攻撃により陥落間近のベルリン、官邸地下壕において執り行われた。長い間、結婚を待ち望んでいた彼女にとって、それはまるで夢のようであったに違いない。エヴァは結婚の喜びと幸せを伝えながらも「可哀そうなアドルフ、世界中に裏切られても私だけはいつまでもそばにいてあげるから」と語ったという。
     さて新婚初夜も明け切った翌日昼下がり、4月30日午後3時30分、卒然のアドルフ・ヒトラーは愛用の拳銃ワルサーPPKで頭を撃ち抜き、エヴァ・ブラウンは青酸カリの入ったアンプルを飲み下す。劇的な自殺を遂げた二人の享年は、ヒトラーが56歳、エヴァが33歳であった。その後を追うように最後の参謀ゲッペルスも拳銃自殺し、ドイツは無条件降伏したのであるが、所詮、革命は成功せねば虐殺にしかならぬ。ナチスの狂気が本当に誕生したのは、この時である。
     これらの顛末を美談として語るを憚られる現代において、パレスチナ紛争が終結せぬのも、さもありなん。呪われた部分の歪曲と黙殺が単純にすり換えられるだけの全世界規模のサブリミナル加護の下、狂気とロックンロールの黒い太陽に、異形の地平を幻視した二人がアラン・ヴェガ、マーティン・レヴのスーサイドである。
     パンクロックの蠢動に盲いてチープな電子音で己を覆い尽くし、ノーウェーヴの心臓を掴んだ血だらけの感性は、ファシズムを憎悪対象とした故の全世界否定より導かれている。此処に在るのは、氷結した茫漠の地獄は薄弱で単調な電子の牢獄である。そして蹂躙される軟弱の悲鳴はロックとスピードマシーンの正体を色濃く炙り出す依り代となる。アラン・ヴェガはアドルフ・ヒトラーに涙を落とす。人々の虚ろな視界を切り裂くやけっぱちの無垢。これは奇蹟の畸形である。これは音楽の死体である。
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  • ■Sun Ra & His Solar Myth Arkestra/Life Is Splendid/1972

  • Life Is Splendid  宇宙からやってきた黒人ジャズピアニスト・サンラを語るに、彼はそれ以上にもそれ以下にも非ず、それは豊饒なる魂の軌跡である。本作は1972年アン・アーバー・ジャズ・フェスティヴァルでの実況盤。
     自身のバンド、アーケストラを率いて300枚近くのアルバムを残したサンラの生涯は、流浪と表現するに相応しい。アルバムのギャランティと等価交換にキャラバン費用を捻出しながらの長い旅は、サンラの不明なカリスマ性と無尽蔵のバイタリティによって、絶対安静の今はの際まで続けられた死出の旅であった。何の為に?と訊ねられた彼は言う。
    「地球を巨大なオルゴールと考えてみてくれたまえ。そのネジを巻いて銀河に我々の音楽が流れたら、素晴らしいことじゃないか」
    彼のカリスマ性は、このような思想に基付いていた。
    「わたしは誰をも信じない。わたしはただ歩むだけである」
    市井のものならば倣岸不遜なキャラクターと一蹴出来よう言葉も、天啓の如き響きを与える程に、彼は浮世から遊離した存在であり、常識外れな博愛を常としていた。彼の音楽がジャズファンにもロックファンにも、ほとんどまともに評価されない要因である。
     ピアノのハンマーで砕いて、旋律に溶け込ませていた彼の哲学は、歌姫ジューン・タイソンとの出逢いによって形而上より鮮明な具体の依り代を与えられたが、時代は狂人の誤解を与える皮肉も忘れなかった。日本のある高名なジャズ評論家が彼の生演奏を目の辺りにして、
    「電子音が飛び交う中、彼はただ微動だにせず、ただ一心にライヴハウスの天井を指差しているのだ。ただそれだけを。そこには穴を修繕したガムテープが貼られているだけなのだ」
    この評がサンラの本質である皮肉によって、その魂の逸脱を理解求めたい。全ての美しい音楽は、誰に支配されることなく、誰をも支配されぬものなのであるから。
     十人規模で増減を繰り返したアーケストラのメンバーたちは、すべてサンラ本人のスカウトによって構成されていた。或る夜、ステージを終えて楽屋に向かう途中、突然の暗闇から声が掛けられる。
    「お若いの、ちょっと待ちな」
    闇に浮かぶ目と歯がそう語りかける。 「お前さん、土星の輪を回すぐらいのグルーヴは持っちゃいるかい?その答えがイエスなら、どうだい、俺たちと地球のネジを回しちゃくれないか」
    同じ言葉で、彼は10歳の子供にまで話し掛けたと言う。
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  • ■Syd Barrett/the Mad Cap Laughs/1970

  • the Mad Cap Laughs  ロックンロールの快楽分析にしがみ付いた愚鈍な青春との別れ惜しみは、ロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイスンの三人の若者たちに神に背をそっと押される機会を与える。ロックの突然変異への求心余りに息絶え絶えのウォーターズらのグループが尚、枯渇していたもの。それは彼らが住むアパートに現れたひとりの画学生の登場であった。その名はシド・バレット。ピンク・フロイドを瞬く間にスウィンギング・ロンドンの寵児に変えたものは、彼の天才的な奇矯の閃きであった。
     UFOクラブでのサイケデリックショウに大衆は全世界の地下潮流とシンクロした幻眩に酔い、ゼラチンライトの栄光に輝くシド・バレットはスケープゴートの賞賛と共に消息を絶つ。バンド・プロダクションとセールスの複雑な絡まりを一刀両断する刃は、一人の天才を狂人に仕立て上げ、ただひたすらに黙殺して振るわれた。かつての親友らによって瞳から光を奪われ、愛する者らによって狂気の夢を背負わされた彼は、自ら諦念の棺に足を揃え、友に微笑みで別れを告げたのである。
     精神錯乱の谷間を縫って為されたシド・バレットの清らかな天才を刻印する試み、それはほぼ一年の月日を費やして壮絶の極みに漂着した。求められるままに問わず語られた異界探訪記は、その果てを知らぬ者らの錯綜と疲弊に汚されてはいたが、君は此処に何を見出そうとするのだろうか。改めて君は彼の音楽に何を確認しようとするのだろうか。発狂の烙印に身悶えながら歌われる高らかな賛美歌は、幽霊の為の黒い歌である。巨大な穴に佇むシド・バレットの幻視は目の前で硬直し、そしていつか君も囁きを聴くのだ。
     「おまえも速度の悪魔に魅入られて、このようにしゃがみ込め」と
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  • ■Tangerine Dream/Electronic Meditation/1969

  • Electronic Meditation  1967年、エドガー・フローゼをギタリストとするドイツのハードロックバンド、タンジェリン・ドリームは、ピンクフロイド、ジミ・ヘンドリックスらの影響を受けながら、その音楽性をへヴィなサイケデリックサウンドへ変えつつ、試行錯誤を繰り返していたが、そんなフローゼの心は音楽同様に暗闇に満ち、「サイケはつらいよ」と嘆く毎日、けれども何の拍子か、それとも電子か、ロックの否定に突破口を見出したのが、偶然に的得て、ハードロック野郎の出入りもようやく止まり、二人の変人がフローゼの前に現れる。
     一人はロマンの中世とグラムの中性を併せ漂わせては、しきりに妄想を口にするドラマー、クラウス・シュルツ。もう一人はヒッピーもしくはダダイスト、チェロ持参の奇矯な男コンラッド・シュニッツラーであった。心なしかトリオで揃えばルックス面でも異様な迫力が出たように思えるから不思議だ。指針を問えば「解放」「自由」「スピリチュアル」とトリオで揃い、重苦しい空気よ、渦巻けよと願えば、楽器音が無秩序に暴れてはのたうち回るフリーなミュージックへと歩みを進める。そんな彼らに「暗さ」「重さ」で好みが同じく「被害妄想」の質も近いのが幸いしたのか、サイケ専門のレコードレーベル・オーア(OHR)が手を差し伸べて、デビューを約束するから世の中、まだま捨てたモンじゃない。ダァーッ。
     かくて暗黒精神を刻印するチャンスに恵まれた彼らの心は広々と晴れ渡っていても、構想するプランは泥のような暗い海の底である。タイトル、テーマは決定した。「瞑想はカオスだ」
     1969年10月、タンジェリンの三人及びゲストの二人のミュージシャンはベルリンのスタジオに入り、本番さながらのリハーサルを開始した。このリハーサルの模様が、ジャーマンロックの名作の一つ「エレクトロニック・メディテーション」である。
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  • ■13th Floor Elevators/The Psychederic Sounds Of/1966

  •  クエンティン・タランティーノの「ジャッキー・ブラウン」にて、マシンガンを撃ちまくるセクシー・ビキニが次々登場するビデオに耽るロバート・デ・ニーロが、片時も手を離さなかった陶器製の壺の如きモノ、ボング・ウォーター(水パイプ)である。ライト・マイ・ファイアとスクラッチされた後、吸い込まれる息吹、その息吹と同量の酸素の泡立ち。彼が耽っていたのが、フリーベースなのかヘロインなのかは不明であるが、それをカクテルして彼岸を浮遊していた男がテキサスの狂人、ロッキー・エリクソンである。
     これは1966年6月6日6時6分に放たれた世界初のサイケデリック・ロックである。幼き日々より先天性的に宇宙電波を受信出来たロッキー・エリクソンにとって、同世代の若者達がドラッグによって自分と同じ高みへ昇ってくるのが嬉しくて堪らなかったに違いない。エリクソンの歓喜に満ちた声によって、破格の音楽が呼び覚まされる冒頭の「未遂」がエレヴェーターズの全てである。そして2曲目以降の全てがエリクソンの耳鳴りや残像である。楽曲のクオリティやサウンドプロダクション、時代の空気などの言葉を使ってではエレヴェーターズの音楽を愛せない。彼らはボングウォ−ターを模したエレクトリック・ジャグのピュクピュクサウンドで演奏の全てを覆い尽くした絶後の天才達だからである。
     刑務所を出入りしては、己のキャリアをなし崩してきたエリクソンの現在は、某レコードショップTの小玉君によれば、チャールズ・マンソン・ファミリーのマネージメントを受けていると言う。来日公演不能。ターン・オン、チューン・イン、アンド・ドロップ・アウトを体現する恐ろしきアメリカの地下潮流なりき。
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  • ■Throbbing Gristle少考

  • 2nd Annual Report  登場時、彼らは既に都市伝説であった。深夜、ゲイ・ディスコで決行されるギグは、核のスイッチを前にした精神制御の為に、または煉獄へアプローチする為に存在した。呪われた獣性を掲げて、神秘の異彩に塗り替え、その博覧強記な虜仕掛けに凝らせた空間には、ただ騒音渦巻く歪曲の時間と坩堝だけがあった。
     観客の多くは耳を塞ぎ、目を閉じるのにも耐えられず、苦悶の内に会場から逃げ出し、ようやく終演後に怒号と冷笑、そして罵倒と倦怠によって彼らを迎えた。不穏な空気は観客らの暴力衝動を誘い、その惨状を目にした誰かが「もう二度とあんな不快な音楽は御免だ」と吐き捨てると、彼らの名は口にするのも忌まわしいものへと変わってしまった。
     しかし一方、慧眼の開くかのように大きな感化を受けた幾ばくかの者も存在した。或る者はその無残さに不明の衝撃を受け、真剣に彼らを理解しようと努めた。また或る者は、数日の後、彼らのステージに接したことが重要な体験であったように思え、その名を恐々と噂し始めるのであった。その名はスロッビング・グリッスル。
     1981年の活動停止から二十数年経た現在も尚、何故に彼らはポピュラー音楽史上、最もアナーキーなロックグループたりえているのか。次回から、その理由を「ロックグループ」、そして「ノイズ、インダストリアルサウンド」をキーワードに考察していこうと思う。
     さて本作は、1977年に発表されたファーストアルバム。ドキュメンタリーと電子音響の絶妙な配置によって現代社会の膿を紡ぎ出し、ノイズミュージックの概念を明確化した傑作。スリーヴに記されたスローガン「インダストリアル・ミュージック・フォー・インダストリアル・ピープル(INDUSTRIAL MUSIC FOR INDUSTRIAL PEOPLE)」に忠実である皮肉は、ノイズの反社会性と深く関係している。


  • DOA 『ロックで一発』
     ヨークシャー地方で勃起を意味する言葉を名にし負うスロッビング・グリッスル(Throbbing Gristle、以下TG)は、憎悪や不快感を煽る反動的な存在であることでマスメディアの情報操作を最大限に利用し、更に利用することによって「現実」を呈示するのを目的としていた。
     有名な「INDUSTRIAL MUSIC FOR INDUSTRIAL PEOPLE」「MUSIC FROM DEATH FACTORY」というTGのスローガンは、自らの音楽をノイズに昇華させるに効果的に機能する役割しか与えられていない。そして彼らの音楽性を表現する際に引き合いに出される「アンチ・コミュニケイション」「反社会性」「ニヒリズム」などのタームは、不快感に機能するイコンに過ぎない。ノイズという不快故なる斬新、禁忌故なる深刻を纏った概念は、ポピュラーミュージックの意匠と等価であるにもかかわらず、その絶対値を特価させることにTGは成功していた。  日常のありふれた音を、日常にありふれているように配置し、死を冠しただけのガジェッツを如何にして「ノイズミュージック」「インダストリアルサウンド」へと変容せしめたのか。TGとは、究極の冷徹を以って無為なる演奏を完遂しただけで為し得たポップアートだったのである。
     悲惨と悪意の仮装によってTGが呈示した「現実」は、しかし「現実」故に悲惨と悪意の仮装を剥ぎ取られることになり、彼らは更に激しい攻撃を開始することとなる。
     自らが設立したレコードレーベルよりアヴァンギャルドのみならず、ティーンエイジ・アイドル、オペレッタ、ハードパンクなど多岐の音楽を全て「インダストリアル」の名称区分してリリース、ビジネスモデルのパロディを開始したのである。つまり自身のメディア確立によってマスメディアを排除し、その結果を「現実」として認識させたのである。
     更にTGは自らが規定した「ヒットチューン」をリリースする。その皮肉はエスカレートを極め、「ユナイテッド」と題されたそれは、わずか20秒足らずのハイスピードヴァージョンでアルバム収録された後、シングルカットというポッププロセスを経てリリースされたのだが、内容は「連帯」を呼び掛ける声が虚しく響く、チューブウェイ・アーミーのパロデイであった。TGと大衆は、それを「ノイズミュージックのアンセム」に輝かせたのである。後のシングル「アドレナリン」も同様の手法でリリースされ、それが繰り返し可能であることを証明したのである。
    このような強烈なパラドックスこそ、TGの真骨頂と言えるものであろう。その方法論は「現実」を認識させる為に、より強力な「現実」を呈示し、それが唯一無二の「真実」であると伝えることである。逆説によって焙り出される「真実」とは、人心の錯乱を招く悪意と自身を滅ぼしかねない悲惨を意味する。彼らはパラドックスの屈折光に照らされて、己の滅びゆくさまを見せ続けたのである。このことが彼らが音楽史上、稀有な存在せしめている所以なのである。
     最後に言わなければならないことがある。TGの音楽、そして作品の全てがガラクタであるということだ。その認識、それこそが「現実」なのである。再びアルバムスリーヴの裏を眺め、そこに記された言葉を見よ。そこにはこう書かれてある筈だ。
    これはフェティッシュ、そのものである」と。


  • 20Jazz Funk Greates 『否定とは陶酔なりとや何をかいわんや』
    さてスロッビング・グリッスル(以下TG)が利用したノイズとは、果たして何か?
     「無調」以降の現代音楽に於いてノイズは、音響構築、または非楽音の成立など、他にも多大の貢献が見られる形態であるが、それは音律の中ですべからく等しく、調和を以って美しく存在しており、ここで問うノイズと明らかに出自が異なり、それらを同衾させるに雑音の純血主義に憚れよう行為なり。一線を画す所以は、ノイズとは忌み嫌われ、不快故に存在を明らかにされる音であり、そしてそれが作品中に血痕の如きアクセントを為す音響表現を指すが、翻り、マス・エンターテインメント性にノイズは有効であり、オプショナルな魅力を伝え得るメディアとしても機能し、それはポピュラーミュージック史に於いてR&R発生期からフリー・ジャズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドへ至る例証が、ノイズの深い歴史と共に暗喩している。更に再びノイズを所謂すならば、それは概念の幽霊であり、都市伝説であるや無しや。
     アカデミズムとインテリジェンスのコンプレックスによって大衆に認知され始めたTGは、1979年、乾坤一擲と言わんばかりに悲鳴と怒号で全人類憎悪宣言と相成って「ウイ・ヘイト・ユー」、翻訳するに「おおいキミら、そこでロリコンって陰口聞こえたぞ、オイラもロリコンに生まれたなかったで実際、怒るデシカシ」とポスト・パンク、ポスト・ニューウェーヴに投じた一石も遠くに蹴られて去年の雪、斯くてノイズは禁忌と憎悪の象徴として拒絶と無関心の内に消費のうねりに藻屑と消えて、この瞬間、TGはパブリックイメージと同化する。TGが反転と陰画のポップアートと化した瞬間である。
     ピーター、ポール&マリーよろしく四人の男女が並ぶスナップ写真をスリーヴに掲げた「ジャズ・ファンク傑作20選」をして、伝説のゴッドファーザー・オブ・ニューウェーヴとの呆けた戯言への痛烈な鉄槌が鉄槌ならず、愚言が跋扈する世とは何と野蛮で無情なるものか。音楽を愛さぬ人間が如何に多いかを知る踏み絵としても、この作品は成立する。音楽とは何であろうか。音とは何であろうか。ファシストはそこかしこに潜んでいる警鐘である。エントロピーの法則とポピュラーミュージックのジレンマと並走を続けたTGの、その全てのエッセンスが詰まった傑作が、これである。
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  • ■Tim Buckley/Starsailor/1970

  • Starsailor  ティム・バックリーと引いて、ジェフ・バックリーの父親と語る愚かさよ。それは31歳で事故死した息子を語るに、28歳で夭逝した父親に因縁付ける愚かさである。またそれは息子ジェフの音楽を声の存在感や孤独なる魂を引き合いに賞賛する愚かさでもある。これら心なき人々によるまやかしを悪徳と呼ばずして何を呼ぼうか。父親の乱丁コピーに過ぎぬ低俗を腐飾を以って美徳と呼ばせるものは、人々の無自覚に因む野蛮と無知である。ティム・バックリーの音楽の孕む巨大なる地獄と無垢を知る者にとって、その跋扈を許せよう筈も無い。再び言おう。王は必ずしも裸ではないのだ。そしていかにして盲人は夜の闇を知るのか、それを考えなければならない。
     1970年発表の、スペインの革命詩人に捧げた五枚目のアルバム「ロルカ」は、おのれの声帯によって時空の超越を試みた実験作。更にスターセイラーバンドなるグループを率いた彼は前作のコンセプトを更に推進させ、現代音楽とブルースロックの純粋なる結合をフリーハンドで試み、遂に傑作「スターセイラー」をものにした。そこに収められた音楽はポピュラーミュージックの範疇から大きく逸脱し、時空は勿論、光速を超越せん哉、宇宙の果てに届かんばかりの共鳴を聞かせた。そして既に35年以上を経ても尚、本作は誰の追随も許さぬ畸形美に輝かしく。彼の肉声は錐揉みながら響いている、何処までも。
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  • ■Vagina Dentata Organ/Un Chien Catalan/1994

  • Un Chien Catalan  世の好事家、スノッブの踏み絵を案じて曰く、それは「ヴァギナ・デンタータ・オルガン」やも知れぬ。
     生まれ、育ちは西班牙バルセロナ、闘牛場の喧騒と飛び散る血汐に産湯をつかい、サルヴァドール・ダリとマルセル・デュシャンを熱愛す若き芸術家ジョルディ・ヴァルスは、1984年、ジェネシス・P・オリッジとモンテ・カザッツァを後見に4枚のアルバムを携えて音楽シーンに登場した。それらはおぞましく荒れ狂った犬の唸り声であり、ガイアナ人民寺院の集団自決の記録であり、スペインの寒村カランダでの宗教密儀の採録であり、そして変態セックスの実況録音であり、そのいずれの作品もエクスプロイテーション・サウンド・ライブラリーと形容すべき、あからさまな猟奇趣味とアカデミックな意匠を凝らせた高踏趣味を以って市井の琴線に触れんかな、特異なるラテン語の名を記憶に強く刻むに至り、是即ちヴァギナ・デンタータ・オーガンなり。
     今なお活動を続けている彼らの本質を語るに、反メディアとしての機能は予め議論の俎上や相互理解を拒否し、エキゾチシズムのみを以って愚かなる人々の裏筋に触れんかな、メディアによる偏見や陥穽を避けて、是即ち永遠なる音楽の幽霊なり。
     この枯れ尾花が孕む真空は藤本義一の短編小説「女の中の多肉質」の、秘部奥深く埋没したサボテンによって復讐を遂げる女が纏う黒衣を想起せしめる。それは闇よりも深い暗黒なり。
     暗転。
     さて本作は1994年、約10年振りに発表された通算第5作目、事故死した友人に捧げられ、題して「アンダルシアの犬」ならぬ「カタルーニャの犬」は咆哮するハーレー・ダヴィッドソンのエンジン・サウンドのみで構成された70分以上に及ぶ7つの鎮魂組曲である。ケネス・アンガー監督の映画「スコルピオ・ライジング」とは反極の地獄が此処に在る。ドーン。
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  • ■Velvet Underground And Nico/ST/1967

  • Velvet Underground And Nico  ミニマル音楽家ラ・モンテ・ヤングの高弟としてテリー・ライリーらと共に「永久音楽劇場」の亀に魂を売り渡しかけていたジョン・ケイルが、偶然に出会ったルー・リードからロックンロールの快楽と破滅をビビビとキャッチ、オンリョウ退散とばかりにヴェルヴェット・アンダーグラウンド結成へと至った当初より、彼らはまさしく破格であった。
     ライヴスケジュールや楽器パートの縛りを嫌う余りに精神を崩壊させてしまったアンガス・マクリーズや、時間停止を目的にヴァイオリンを意味不明にかき鳴らすヘンリー・フライアントら、ロックの破滅に快楽を見出さんばかりの曲者が頻繁に出入りし、延々と続く単調轟音のステージ、そしてその名に背負うアングラ一直線の変態性欲者をテーマにした猥褻な歌詩によって悪事千里を走り、所詮その知名度の多くは排水溝へ流される運命であったが、彼らはおのれの幻想に忠実にヴェルヴェット・アンダーグラウンドとして、破格のまま孤高に置かれていた。
     消費社会のアイコンを以ってポップ・アートを実践していた寵児アンディ・ウォホールは、ニューヨークの夜に巨大なネガフィルムを幻視する。それはロックの破滅する音が焼き付けられたポップの反極にこそ、その真髄を内包する確信であった。斯くて、その夜ネガフィルムはゼラチンライトの光を浴びて蠕動を始めたのであった。
     ウォホールのマネージメントを得たヴェルヴェットは一夜にして「ポップ・アーチスト」に姿を変えても、しかし変態文学と轟音ロックのステージに変わりはなかった。ドラッグの恍惚に耽る間際の電撃は、更なる異物を取り込んで効果を上げること、是れ即ちスピードボールの論理で悟ったウォホールは、アラン・ドロンの恋人であり、美人女優であったニコをモデルとしてステージに上げ、是れ即ち見立ての論理で、観客の心理を揺さぶるを試みたのである。例の如くの轟音の真っ只中、直立するブロンドの美人モデルが、いつの間にやらの呟きが遂に声にならざる叫びを上げた刹那、観客は安堵感と共に忘れて来た何処ぞ真心をわし掴みにされたであろう。是れ即ち鉄血政策の論理によって、変態文学と轟音を併せ持つアングラバンドはメジャーデビューを約束されたのである。
     さて世界で最も有名なアルバムスリーヴを以ってデビューしたスキャンダラスなグループ、初期ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの本質を簡潔に述べるなら、ビートルズとは異質の秘密をその身に湛えていたという一点であろうか。それはウォホールの戦略も含めて、巧妙な仕掛けが施されており、未だ彼らへの理解を阻害し続けている。最後にヒントを言おう。何故に君たちはバナナのステッカーを剥がさないのか。
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  • ■Whitehouse/New Britain/1982

  • New Britain  生活の全てを過剰演出する悪癖を持ったホワイトハウスの伊達男ウィリアム・ベネットは、ようやくTGが虫の息、あと一押しでノイズミュージック界のカリスマになれようというのに、ラムレーが率いるステライルの台頭には苦虫を噛む思い。
    「ファッショでグロテスクならば、全てパワー・ノイズ・エレクトロニクスと思ってもらっては困るのだよ。ドン!(机を叩く音) 我々、カム帝国が築いた数々の偉業は、断じてポッと出の偽コミュニストの慰みものにしてはいかんのだよ。ああ、思えば苦難の歴史だったじゃないか、なぁヒムラー元帥」
       (ナレーション:滝口順平) おやおやベネットさん、フラットでの独り言に熱が入ってきましたよ。 「我々カム・オルグは、今より悠久のユーラシア大陸の優性民族を代表して、終わりのない美学と意志の闘争に入ることを宣言する!」
    あらあらベネットさん、「ブッヘンワルト」を棚から取り出し、針を落としましたよ。でも本当にうるさい音楽ですねぇ。
    「我々の純血を汚す芸術を根絶させる為、まずは我々を堕落に導く悪の権化たる黒人音楽を抹殺する!」  ベネットさん、普段から大音響で騒音ばかりを聴いているので、もしやカム・オルグ党親衛隊の喝采が聞こえているんじゃないでしょうね。そんなものは全く聞こえてませんよ。しっかりして下さいね。いやいや、ベネットさんの毎日は忙しいですね。とこういったコンセプトで作られた第一級思想犯罪の危険な作品がこの「新英国主義」なのである。
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  • ■Ya Ho Wa 13/Savage Sons Of Ya Ho Wa/1974

  • Savage Sons Of Ya Ho Wa  件のヤホワ・ボックスによりその存在を多くの人に知られることとなったヤホワ13とは、ネイティヴアメリカンのシャーマニズムと独自のバーバリアニズムを供儀に80年代初頭までカリフォルニアのハリウッドとハワイのマウイ島を中心に活動していたカルト教団である。
     コホウテク彗星が振り撒く新種ウィルスによって高次人類への進化を理想としたヤホワの経典とは、GOD故にDOGにての生活を模したり、優れた種の保存故のフリーセックス、そして自らを高次元へ放つ故のメスカリン投与など、世間のモラル基準から逸脱したユートピアにて啓示を待ち続けていた。彼らが日常的に行う精神変容の儀式は、ヤホワ13によってピアノやパーカションを使用したミニマルミュージックを即興演奏されていた。超限定プレスされ布教活動の一環に配布されていた音源はアルバム12枚、シングル5枚までは確認されている。
     教祖ファーザー・ヨッドを中心にしたヤホワ13の音楽とは、即ち呪術的である。それは時にはゴスペルのように、時には儀式さながらに、時にミニマルミュージック風に、しかし重々しいリフレインや展開と呪文・タントラの詠唱によって異界カルトの音楽としては最高峰を誇る水準である。
     さて本作は彼らにとって六枚目のアルバム。物質文明を皮肉ったように思えながら全く意味不明なふてぶてしい扮装のスリーヴ写真を観れば予想を覆すことなく、ドル紙幣とロックに体当たりした大傑作アルバム。ヘビーなパーカッションとブルージーでむせび泣くギターによってストーリーが紐解かれるダーク・あの世まんだら・サイケデリックの坩堝。雑多ながらもキャプテン・ビーフハート・ミーツ・ステッペンウルフとは過ぎた形容やも知れぬが、それをも凌駕せん哉、狂人を呼び集めるファンファーレの如し。
     かつて私たちが私たちとして憎悪していたものがあり、現在も同じそれらとの訣別を見る時、それを考えるに極東の島国のザンギリ頭に文化は似合わぬことを哀しく思う。改めて娼婦の誇りを思うが良い。君らは死ぬことを殺されることと認識すべきである。私たちが憎悪するもの、それは永劫に大衆の賞賛を得るものである。野蛮人らによって捏ねられた不細工な泥人形を愛でている己を見るが良い。このヤホワ13の本質とは、醒めながら狂気に支配されて愉悦に至る天才が、大きく影を落としている。
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  • ■Various Artists/Cambodian Rocks/1977

  • Cambodian Rocks 一家の大黒柱たる主人のあなたを差し置いて「おやじの後なんか風呂に入れねーよ」と暴言を吐くようになった一人娘のアルミ(15歳)が、既に立派な六本木のワガママ娘の暁を見ようかとする昨今、寝起きする煎餅布団の中だけ拳を握って唸ってみるも廊下に足音響くたび、汗ばむ手のひら閉じ開きする、唯々哀しい父の肩先。
    蚊帳の外ではアルミの「夜遊び上等」との胴間声がコダマして、連夜の一番風呂及び湯の生ぬるさには、今日も今日とて家長の面目丸つぶれ、「ちょっと、あの子にあなたの方からきつく言って下さいな、もうわがままばっかりで」と妻の小言と我が家の軋みを受け止め震えるは、唯々哀しい父の肩先。
    けれど今夜は格別に虫の居所悪い妻より振るわれる鞭と怒号を尻に受け、ほうほうの体でようやっと娘の部屋をノックすれば、聞こえてくるは娘が洩らす怪しげに艶っぽいため息が。朝に握った拳を締めてドアをコンコン、ノックの刹那、ガラスの割れる大きな音がドアにブチ当たるや否や「うるせー殺すぞクソオヤジ!いつかも一度殺すぞテメー」と暴力団か総会屋かと思しき激怒の奇声。それはあなたの震える背中を決して包まず、異界のエコーに消えてゆく。「こりゃ出直しですかな、クワバラクワバラ」などとひとりごちつつ、スゴスゴとリビング戻れば妻が黙って目を吊り上げる。あなたの孤独を知られぬ孤独、それを唯々語る父の肩先。
    さて、自分の書斎を持たぬゆえ父は風呂場に逃げ込んで、ふと見た鏡に疲れて痩せた中年男(48歳)が苦笑い。「ええい、心機一転、明日に向けて」と先ずは湯船にザブンと人心地付き「うええい」と湯に足伸ばした水面を見るに、そこにはユラユラユラと黒い縮れ毛一本の揺らめき。「娘のアルミしか、わしの前には入っとらんはず…ということは…」 いま、この瞬間にあなたの脳裏を横切る魔、その思いこそ、劣情という名の哀しみなりき。人の魔道の外道なり。
    1960〜70年代、カンボジアン・サイケデリックが確かにポルポトの下にも存在した。ひしゃげ切った音響は100リアル札を濡らす人いきれ、そしてあらかじめ陰腹を詰めて変質したエキゾチシズム。それはたった一本の陰毛に導かれた正真正銘に異世界のロックであるかもしれない。以上、水に書かれた一番短い父への手紙の巻でございました。
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  • ■10 RECORDS SELECTION GUIDE TO TG

  • EMPTY WORDS EXOTICA FUR IMMER IRAN AIR INFLIGHT MAGAZINE WELCOME PLASTICS RAMONES MEAT PROCESSING SECTION CON THIS HEAT MEETS THE MOTHERS OF PREVENTION

    『スロッビング・グリッスル解読音盤十選』

     スロッビング・グリッスルの音楽性を年中云々するぼくであるが、彼らのことに想いを馳せる魔術の瞬間故にジェネシス・P・オリッジは女性に性転換したのである。侮るなかれ。
     さて彼らの音楽性を真に解説する言葉はない。その理由はポップスであり、ロックであり、ノイズであり、そしてそのいずれでも無いからである。ここではTGを解読する為に標となるであろう作品を選んでみた。

    ■JOHN CAGE/EMPTY WORDS PART3
     野次と怒号溢れる中に屹立するケージの細い朗読の声。2時間に渡り続けられる、それは他のあらゆる音楽よりも音楽らしい誇りに充ちている。ケージによるノイズ発生装置がこれである。

    ■MARTIN DENNY/EXOTICA
     ジェネシスによる言及によってM.デニーとの相関性はよく知られることであるがしかし事実、これ程にTGと酷似している音楽は無い。このサウンドスケープが置換されたものこそが社会の姿である。

    ■DAF/FUR IMMER
     音楽と政治性は無縁なのか、音楽に国境も主義も存在しないのか、革命歌がファシズム賛歌ではないのか、テロの後、革命は達成され、ファシストは忌み嫌われ、虐殺され、愚民が輝かんばかりに微笑み歌う。これがおぞましき世界である。

    ■MUSLIMGAUZE/IRAN AIR INFLIGHT MAGAZINE
     パレスチナ紛争の続く限り、死後もなお作品がリリースされるアラビック・ミニマル・トランスの極致ムスリムゴウズ。本作は1988年、米空軍によるイラン航空機撃墜事件に反対し、リリースされた怒りの鎮魂曲集。

    ■PLASTICS/WELCOME PLASTICS
     イーノやウォホールに影響を受けたと思しき、ノンミュージシャンによるファッショナブルなモダーンミュージック志向がポップスや電子音楽への微妙な誤解を抱えながら特異に変貌した、まさに純東京産テクノパンクの奇蹟。

    ■RAMONES/RAMONES
     ポップアートの一種ラモーンズ。判別不能の制服性による暴力的なイメージと記号化された容貌によるロボット的なイメージ、そして良きアメリカを想起させるバブルガムポップの凄まじいスピードはパンクロックの果てない未来型である。

    ■SURGICAL PENIS KLINIK/MEAT PROCESSING SECTION
     真なるインダストリアル。そして音楽が発狂する美しい瞬間は天才ニール・ヒル在籍のSPKにしか無い。TGとは反極に位置するが、失楽園的共同幻想を夢見させるエントロピーに痺れる屈折感は最上である。

    ■CONRAD SCHNITZLER/CON
     三十年以上に渡って、抒情を排した電子音による執拗なループ、硬質で無機的なビート、浮遊感のある音響効果など音響や音質にこだわった膨大なディスコグラフィと電子音と歩む人生こそが、彼自身のコンセプチュアルアートである。

    ■THIS HEAT/THIS HEAT
     この複雑怪奇に凍えた迷宮のような音楽は現代社会の具象化であり、そこから洩れ落ちた情念の震えである。ラスト「サイゴン陥落」、その余りにも遅すぎた終わりへの怒りの唄は永遠に哀しい。

    ■FRANK ZAPPA/MEETS THE MOTHERS OF PREVENTION
     アメリカ政府の仕掛けた陥穽への執拗な報復は此処に極まれリ、社会運動の欺瞞を意識的に陰謀史観と絡めて攻撃し続けたザッパが、本当に憎悪していたのは法の曖昧な領域付けである。

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