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1970年代の不良映画女優達がシングルリリースした、やさぐれバラードや怨み恋歌の数々は邦画ファンだけではなくサイケデリックマニアにとっても魅惑の宝庫である。その中でも日本暴力映画の最高傑作『0課の女・赤い手錠』主題歌、杉本美樹が歌う「0のバラード」と、スケ番映画の先駆『三匹の牝蜂』で和田アキ子がシャウトでキメるR&B歌謡「女王蜂のフーガ」が2大ズベ名曲として知られている。
このアルバム「南蛮渡来」が未だに放つオーラの見事な美しさよ。
70年代東京アンダーグラウンドに存在したシャブ漬けのアントナン・アルトー。吉祥寺のジャズ喫茶「マイナー」を夜ごと蹂躙した文学と思想への病的な渇望は、マーク・ボランとブルー・チアーの接点に向けて体当たりを繰り返しながら、精神の速度を音楽に反映させる単純明快な方法に帰結して美しく自爆した。これはその記録である。
1975年の日本音楽界に於いて、空前の大ヒットを飛ばした「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は、ダウンタウン・ブギウギ・バンドのその後十年以上の安定を約束し、阿木燿子・宇崎竜童という稀有な才能を持ったヒットメイカーを生み出すに至った記念碑的な作品である。そしてここで語られる風俗によって我々はもう一つの横浜を改めて意識せざるを得ない。例えば松田優作が劇中で背負っていたような夜の街のうらぶれた空気、眼に見えない無国籍感といったもう一つの横浜は、1975年という時代に横たわっていた人々の真空に対して挑発と刺激を与える幻想の糧となり、また80年代迄の距離を計れぬような白痴的な焦燥と逃避の為には、宇崎の作品が放つ微妙なさじ加減のロマンティシズムは格好であったであろう。つまりそれは「身も心も」や「裏切り者の旅」がイメージさせる黒豹のエキス、或いは白日の処刑のような乱暴且つ茫漠の情景である。言い換えれば、70年代後半の日本の、未だ意識下に戦後を秘めておりながら更に敗北や挫折にも無感動な新しい虚無の姿なのである。
『パンツ・フォー・ファイト』
1972年、麻薬による逮捕歴の為にビザが発行されず幻に終わったローリングストーンズの来日公演、その事件をモチーフに無自覚と曲解を駆使して作られたこの歌の存在意義は未だ大きい。最先端と土着の同居を曖昧に諧謔趣味へと追いやるのを果たして消費と呼ぶのか。否、それは剽窃、若しくは怠惰に過ぎない。そして今や無自覚と曲解は風化に朽ちて、泥棒に使われる時を待っているのだ。
アーチストが新作を発表する毎に、彼を支持する者たちのあれこれ喋るぺちゃくちゃとは、大恐慌時代にも好事家がしぶとく生存している証しとなりえようが、新作の内容より風貌がゴンチチ化を越え坂崎幸之助化への段階に突入したを個人的には危惧しており、「ジャックスの世界」、そして本作という鬼神の傑作を双面にした者の後日談には、全くに御苦労マニア様と言う以上の興味も沸かぬ。かつて数々のジャックス代表曲に見られた早川義夫の詩情、その青白き内省の鋭い切っ先に翻弄されん快感は、彼の若さが屈折光に放つ輝き故にこそ在り、耳鳴りの結晶として在るが故である。
18世紀に生きた神秘の詩人ウィリアム・ブレイクは、前世紀より熱狂の続くオカルティズム、つまりブリテン聖地説を唱えて叙事詩「エルサレム」(1804年)を著した。それは世界を象徴する巨人アルビオン伝説が語られるイギリス・ブリテン島こそ、アトランティス大陸であり、首都ロンドンこそ聖地エルサレムであると説いている。「ミルトン」の序詩の一節を基に作曲された「エルサレム」は現在も英国国教会の賛美歌として歌われている。此処で歌われる緑美しいイギリスへの郷愁と剣を掲げて蹲踞し、正眼に構えた人々の姿を、清濁併せ飲み咀嚼した英国民の、精神の歴史として捉えると興味深い。
儀式のように一人を取り囲む図式があるとしよう。その一人は即ち我々が目に見えぬモノへの生け贄である。その神と言えるものか、悪魔と言えるものかは定かではないが、そこに捧げられた人間を思いつくままに言おう。ファンカデリックのギタリスト、エディ・ヘイゼル、タコの山崎春美、そしてアシュラ・テンペルのベーシスト、ヘルムート・エンケである。
1984年、ユナイテッド・ダイアリーズより発表されたアルバム「フォルメン・レッツァー・ハウスムジーク」を耳にした人々は、そこに収められた暗闇で輝ける金属を音像化したような電子音楽に、大きな驚嘆と畏敬を以ってその名を記憶に留めたであろう。それがアスムス・ティーシェンズである。彼の非人間的な冷徹さと精緻さでモザイク構築された電子音響は、衝撃的で未知なる前衛性を感じさせるものであった。
扇風機ちゅうもん。これ見てみ。モノとか道具ちゅうもんはな。便利に成れば成るだけな。下品な姿になりよるんやで。何ちゅう下品な佇まいやて思わへんか。扇風機の姿見て。な。でっかいプロペラが顔やで。風吹かしよるだけやで。どんだけ幅とっとおるねん。邪魔やん。でも許したらなアカンやろ。おれは、こいつに敗北したて思うわ。もしもおれ、本気でこいつと向き合ってるんやったらな。この夏の蒸し暑さにも負けて、それから扇風機にも負けてしまうことになるやん。そんなんなったらたまらんと思うわ。負けんねんで。せやから。おれは、この扇風機っちゅうモンに負けてしもうても、ええわて思えるようにな。下品やとか邪魔くさいとか思わんようにしてんねん。とりあえず尊敬したり、感謝の気持ちがあるように、思いこんでもうてな。それやったらまだ思わへんより、ちょうマシやねん。せやけどな。本音言うたら、こんなヤツ。おれはええヤツとも何とも思てへん。最悪に下劣なヤツや思てるで。扇風機。痛いとこを突くやり方しやがって。せやからよう見てみ。あいつのツラ。こうゆう知らん振りしてるけどな。かもし出してるやろ下品な本性が。ほんまにダニみたいやろ。なあ。何でおれらはこんなヤツに負けてしまうんや。夏やもんな。イヤやけど。しゃあないもんな。せやからな。人間でもな。上手いことゆうて、ええ具合なつき合いしよるヤツおるやん。そいつは絶対におれのこと軽蔑してる思うわ。下の下や思てるのに面倒やから、何や適当にあしろうてんねんで。でも言うてみたら、そいつはおれに負けとるんやんな。勝ってんねんやったらええわ。差別しよるヤツには勝っといた方がええねんけど。勝ったゆうても、そいつはどない思てるか分からへんやん。せやからそいつに聞くねん。どない思てるんか聞くねん。ほならな。結局はな。そいつはな。おれのこと、本音ゆうたら阿呆や思てる言うねんな。な。やっぱり思た通りやろ。上下関係やん。何でか。雇てもろてるヤツちゃうで。人間はすべからくこの世で平等なんちゃうんか。扇風機とおれの関係ちゃうで。そいつとおれは同じやろ。平等やろ。ほならどないせえゆうねん。何もしてへんし、されてへんのに。おれもそいつを尊敬したり、感謝したりする振りせなアカンのか。そいつから差別してきたんやで。な。もうしゃあないもんな。せやから。そいつの顔。おれの足で踏み潰したるしかないやん。そいつの顔。何べんも何べんも足で踏み潰してな。血い出るまでな。差別はアカンぞ。言うてな。暴力もアカンぞ。言うてな。どっちも分かってもらわんとアカンやろ。そんなん。絶対したないねんで。なあ。おれ何言うてるんか分からんようになってきたわ。シャブでもやろか。パカ。何もやってへんで。
「世界は寒い。だからぼく達は火をつけるのだ」
現代音楽家やジャズミュージシャンらによるドイツのロックバンド、カンは既にデビュー盤で異常な熱量と彼岸の幻を現出させ、その独自の音楽性を完成させていた。黒人ヴォーカリスト、マルコム・ムーニーが重度の神経症でグループを去った後もなお、魂の惰性で進み続けるカンは、コンサート前のケルンの街角で東洋の神秘と邂逅する。
デーモン・エッジ、ヘリオス・クリードによる西海岸のスーサイドことクロームの傑作サードアルバム(ホントはオリジナル・メンバーのゲイリー・スペインも在籍してるんだけどね)。クロームの特質を語るに、それは本作のタイトルに、また前作「エイリアン・サウンドトラックス」のスリーヴデザインに如実に現れている。それはエレクトロニクスとバンドプレイの黄金比率の絶妙に、更にそれをカットアップしたセンスによって成立している。彼らは一貫してそれを全うし、やがてはモスマンのイメージを作り上げたのである。
アルバムスリーヴのデザインとしては最高峰であろう。勿論、内容も言わずもがな、最近では猫も杓子も口にする、所謂アンビエント・サウンド、若しくははチル・アウトの源流にして現代音楽からの分水嶺が脈々と息付いている永遠の傑作である。
きりりと締めた六尺一丁、ヴァニラならぬマニラなる葉巻を燻らせ往来に立ち、イナガキタルホの睨む彼方を考えるに、それは影を見て光になほざりなり。偏見を横目に剽窃に感極まり白眼剥くが如き蛮行、そして諧謔の何たるかを存ぜぬ無知蒙昧の輩への睥睨であろうか。そして廃墟が胸かき抱く青ゾラいざなうユイスマンス、彼が退廃に凝視したルルドの最期の光、その燦めきにたゆとう宙空の一点であろうか。夜の庭に向かいて黒猫の静観する闇にて、瞳の輝きの奥底に闇再び。斯くて是れ「灯台下暗し」なり。
ギョエテとはおれのことかとゲーテ言い、チョピンとはあたしのことかとショパン言い、ソー・ファーでソファに寝そべり耳にする、極北気取りを殺そうか。これがファウストのブルースである。
1950年代半ば、アメリカ、ニュージャージーはレインフィールドの何の変哲もない床屋の物置にて、天才ジョージ・クリントンを中心に結成された黒人コーラス・グループ、ザ・パーラメント。1956年には早くもデビューする彼らだが、大手レコード会社の眼に留まるのは1967年、苦節十年以上も下積みの後。しかしもカカシもモータウンのツテを頼ってメジャーデビューの陽の目を見るも無残な、パーラメント名義ではデビュー不可能なる無情の知らせ。さすれば「これでどうだ」とグループ名義をファンカデリックと変えてデビューしたのが1970年。カイコが桑の葉啄ばむ如き音にて幕開く、ファンクとサイケデリックの融合はフューチャー・ディスコティックの40年先を走る程に衝撃を与えて、「ソウルとは何ぞや」とナイフの切っ先を突きつけながら、果ては「ファンカデリックって何だよう」と手の内で弄ぶ茶目っ気さ。そして時代はサイケデリックの真っ只中の1971年、ジミ・ヘンドリックスに雷光の洗礼を受けたギタリスト、エディ・ヘイゼルが狂気の淵に佇むことになった問題作「マゴット・ブレイン」を発表する。蛆虫脳とのタイトル曲は未来永劫、ロックの命題として屹立している。脳ミソを溶かしたいなら、これである。スリーヴにある歓喜を見よ。
精神統一、無我の境地に入って本質を見極めよう座禅とは如何なるものか。心静かに板の上に座し、黙想を始めれば、次第に痺れ出す両足、尚も痺れに耐えれば、それは足から徐々に移動しつつ、丹田を中心に熱い奔流のように更に全身に痺れをくまなく行渡らせて、それとは別の丹田の熱気が上方に移動し始めれば、それらを耐えた全身は既に感覚を失い、視界は靄に霞み、目を閉じれば放電したかのように、さて丹田より昇った痺れの熱に耐え続ければ、そして肩、首、遂には額へ至れば、痙攣に近い全身は震え、涙あふれ、漏れる嗚咽の内に見えるのは眩い光の万華鏡か桃源郷の幻か、アシッド・ドリームの展開にふと闇から我に返れば、目の前には本堂の金色菩薩像が見下ろして微笑みかけるという、此れゼン・ジャンキー体験談なり。
麻薬と乱交のアクション・ペインティングにて暴力の抜け殻を描いた映画「ガラスの墓標」は、少年の思春を陵辱するに余り、更にはマザーコンプレックスの病も少なからず与えて、狂気に血肉を与える傑作である。原題カンナビス(大麻)が象徴する快楽の極北と愚直な人間模様の等価交換は、つまりポルノグラフィの純血故である。
ジョン・レノンとオノ・ヨーコによるアヴァンギャルド三部作(「トゥー・ヴァージンズ」「ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ」)の最後を飾った本作は、お互いが名前を呼び合うだけの「ジョン&ヨーコ」とアムステルダムでのベッド・インを収録した「アムステルダム」を収録した、難解の反極を一周する作品。ジョン・レノンのアヴァンギャルドへの絶妙な姿勢は天才的やも知れぬ、えも言われぬ不思議な印象は、カールハインツ・シュトックハウゼン「少年の唄」と重なる。
アシッド・フォークの女王との異名を持つフォーク、トラッド歌手ジュディ・ヘンスケをご存知か。例えバート・バカラックの曲であろうが、フレッド・ニールの曲であろうが、ダルな空気で満たしてしまうと言われる独特の歌声を聞けば、それがあながち間違いだとは言い切れぬと分かるであろう。しかし彼女が醸し出す高い湿度の濃密な空気には、無意識下での偶発性と緻密な計算式によるプログラムとのシンクロニシティ、つまりデジャ・ヴュの本質と同じ感覚美を孕んでいる。彼女の話し声、歌い回し、メロディなどに想起されるものは、ただ記憶のひだに隠されていた過去の断片かも知れぬ、また実質化出来ぬ断片らしきものかも知れぬ。それは以前、子守唄にして聴いていたかのような感慨深さ、そして素朴な荒々しさを以って情感に迫り来るものなのである。私の拙い憶測で断言すれば、このえも言われぬ心の移ろいの風景こそが、共同幻想という概念を生み出したものであろうか。
政治とロックの季節に生きた、全くそのスジの人々MC5(モーターシティ・ファイヴ)がデトロイトロックシティのオイル愚連隊としての顔とブラック・パンサー党と結託した政治結社としての顔を持っていたのは有名なハナシ。鉛のビーンボールを喰らわされるかのような第一声「あほんだら!どかんかい!殺すぞ」の宣言で幕を開ける、暴力的ロックショウを記録したファーストアルバムが本作である。
黒塗りポンティアックの霊柩車をマイカーにして、サンセットブルヴァールをぶっ飛ばしていた男、それはニール・ヤングである。1966年、或る春の日、スティーヴン・スティルスとリッチー・フューレイがすれ違った霊柩車の運転席に旧友を見つけ、それがバッファロー・スプリングフィールド結成へと至った訳だが、腕は確かであろうとも人間性は最低だと互いに心底感じていたスティルスとヤングの共同作業が長続きする訳も無く、バッファロー解散後、「スティルスからの解放」を歓ぶヤングは、早々にクレイジーホースを見つけてソロ活動を開始、大傑作「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」をものにする。しかし、そこで満足する暇を惜しまず、ストレイ・ゲイターズを率いた彼は、カントリー風情に大仰なオーケストレイションを配した中に、ただ唄声が剛直屹立したかのような作品を作り上げるのである。それが本作「ハーヴェスト」である。全米一位の大ヒット曲「男の勲章」の他、無垢にも程があるくらいの負け犬振りが痛々しく、大感情が洪水のように溢れ出る。「男には家政婦が必要」とチャーチベルを鳴らしながら歌える人間は、この作品によって過去を完全に葬り去ったと確信したに違いない。しかし彼はルーティンワークの葬儀を一つ終えたに過ぎなかった。既に腐れ縁の男スティルスと共にクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングというグループに参加していたのである。本当に何も考えていないのであろう。斯くてその無感覚がグランジを生み出す起爆剤になったのであろうが。
1979年、ノイズアーチスト、スティーヴン・スタプルトンを中心に結成されたミュージック・コンクレートユニット、ナース・ウィズ・ウォーンド(負傷した看護婦の意)。ノイズ・コラージュのマエストロとして、その名を知られる彼らであるが、その本質とはカールハインツ・シュトックハウゼンの正統な後継者であろう。百花繚乱の音のパッチワークによってグリム童話やナンセンス小説、またはクエイ兄弟のパペット・アニメーションのような悪夢世界が描かれていく。それはぜんまい仕掛けのシュールレアリズムの如き。
全否定だ。おれは布団の中で身をよじって、さっきまで考えていたことを人に呼びかけるくらいの大きさで口にしてみた。起き上がるのが嫌で、自分の周りに散乱した雑誌や単行本の背表紙を漫然と眺めながら、胸の内部に珊瑚が伸びつつあるイメージを思っていた。マルキ・ド・サド「ソドム百二十日」、牢獄のサドが幅12センチの紙片を長さ12メートルまでにつなぎ合わせながら蟻のような文字で綴った地獄篇である。全否定だと起き上がれば、言い訳代わりの不調も忘れて、憎しみの記憶をページに手繰り、顛末を改めて思い返す。一日で最初の儀式だ。自分の脳味噌が昨日通りであるのを確かめる虚しい習慣。自分の能力を確認することから逃げて久しく、またも言い訳代わりにカクメイと名付けて自己完結する卑怯者の論理。それを反芻するだけで酔ったような頭は、金属音と奇声の反響を聴いている。時間はゆっくりと止まる程の流れだ。スリーヴに折りたたまれたポスターは何故か「インセクト&インディヴィデュアル・サイレンス」のものだった。それを目の前の壁に貼り付けて、もう一度言おう。「全て否定だ」
前作「シングス」に収められた「わたしの髪は闇の色」の、声がピアノを陵辱するが如きほの暗い闇の幻に魂を氷結させた諸氏よ、次の「カレッジ・ツアー」へ歩を進めて何を思っただろうか。これを耳にしても尚、よもや怨念や狂気で説く愚鈍はおるまいが、笛に踊って服を脱ぐ田舎っぺだけのとぐろする日本サイケの風潮へ、踏み絵を以って再び体感すれば良い。
イギリス・ブリストル出身のアンファン・テリブル、ザ・ポップ・グループ、同時期に発生したポスト・パンク群に於いて、彼らが破格だったのは19歳という平均年齢の低さもさることながら、その形容不能な音楽性と政治的姿勢にあった。レゲエバンド、マトゥンビのデニス・ボーヴェールによって解体・再構築されたその特異な音楽はファンク、インプロヴィゼーション、フリージャズ、ダブ等々、一聴していずれでも有り、いずれにも非ず。
その名に地獄を持ったニューヨークの詩人リチャード・ヘルが7つの注射針痕残る左手を張って、穴の開いたボロボロのシャツに砂糖水でセットされた髪、ギターをかき鳴らして「ブランク・ジェネレーション」を歌う姿。それを観たマルコム・マクラーレンがイギリスに輸入したものが、パンクであるのは有名なハナシ。そんなデッチ上げに青い反抗心を以って衝突していたジョン・ライドンがセックス・ピストルズを脱退し、「本格的な」バンドを作ろうと結成したのが、皮肉と嘲笑に塗り込められた実験パンクバンドのパブリック・イメージ・リミテッドである。
永い懲役を終えて出所した元レイプ犯が裁判で不利な証言をした弁護士一家に執拗な嫌がらせを続け、正義の失墜に満ちたりるという映画、それが1962年の「恐怖の岬」である。名優グレゴリー・ぺック演ずる父権を象徴させたかのような頑強さを持つ反面、脆弱さをも併せ持つ弁護士と、そしてロバート・ミッチャム演ずる腫れぼったい寝惚け眼の、前年「狩人の夜」で見せた粘着性を更に増量したヌメヌメ肌の爬虫類質パラノイアとのスリラー対決は、バーナード・ハーマンの恐怖劇伴も冴え、ハリウッド変態娯楽映画集の中でも上位に位置する作品である。
ジョン・ケイルがプロデュースのファーストで、この人如何で、とやかく言う人間は死ね。故にイギー本人も死ねば良いのであるが、行儀の良い録音だとか、ライブの迫力を半分も伝えていないとか、3曲目のヴァイオリンが余計だとか、本来の荒々しいサウンドとは異質だとかの意見ばかりが聞こえるが、ソニック・ユースやプライマル・スクリームに賛同出来る程のリスナーならば、素直に耳を傾けるべきロックンロールの怪物的傑作にして奇蹟の音響であると私的に信じているが、サウンド(またはドローン)、電気増幅されたロック、ギミック、楽曲、レコーディングなどのキーワードについての見解の相違が要因になる為、偏見には偏見を以って色眼鏡を外さないことには、高い完成度を持つ楽曲や限り無くロウな編曲を含めて、本作の素晴らしさが理解出来ぬとは嘆かわしく、それではヴェルヴェットもドアーズもビートルズさえも誤解されている証左でもあり、これはひとえに戦後民主主義教育の付けの一つでもあろう。
かのナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーは、生涯に於いてただ二人だけの女性しか愛さなかった。一人はザルツブルグの山荘でのエピソードに頻繁に登場する最初の愛人ゲリー。ヒトラーの実の姪であった彼女は、そのジレンマに苦しんだ末、ピストル自殺によって22年の生涯を終えている。そしてゲリーへの悲嘆に暮れているヒトラーを慰めながら、結婚を夢見るまでに愛情を深めていったのが、最期の愛人として知られるエヴァ・ブラウンである。
宇宙からやってきた黒人ジャズピアニスト・サンラを語るに、彼はそれ以上にもそれ以下にも非ず、それは豊饒なる魂の軌跡である。本作は1972年アン・アーバー・ジャズ・フェスティヴァルでの実況盤。
ロックンロールの快楽分析にしがみ付いた愚鈍な青春との別れ惜しみは、ロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイスンの三人の若者たちに神に背をそっと押される機会を与える。ロックの突然変異への求心余りに息絶え絶えのウォーターズらのグループが尚、枯渇していたもの。それは彼らが住むアパートに現れたひとりの画学生の登場であった。その名はシド・バレット。ピンク・フロイドを瞬く間にスウィンギング・ロンドンの寵児に変えたものは、彼の天才的な奇矯の閃きであった。
1967年、エドガー・フローゼをギタリストとするドイツのハードロックバンド、タンジェリン・ドリームは、ピンクフロイド、ジミ・ヘンドリックスらの影響を受けながら、その音楽性をへヴィなサイケデリックサウンドへ変えつつ、試行錯誤を繰り返していたが、そんなフローゼの心は音楽同様に暗闇に満ち、「サイケはつらいよ」と嘆く毎日、けれども何の拍子か、それとも電子か、ロックの否定に突破口を見出したのが、偶然に的得て、ハードロック野郎の出入りもようやく止まり、二人の変人がフローゼの前に現れる。
クエンティン・タランティーノの「ジャッキー・ブラウン」にて、マシンガンを撃ちまくるセクシー・ビキニが次々登場するビデオに耽るロバート・デ・ニーロが、片時も手を離さなかった陶器製の壺の如きモノ、ボング・ウォーター(水パイプ)である。ライト・マイ・ファイアとスクラッチされた後、吸い込まれる息吹、その息吹と同量の酸素の泡立ち。彼が耽っていたのが、フリーベースなのかヘロインなのかは不明であるが、それをカクテルして彼岸を浮遊していた男がテキサスの狂人、ロッキー・エリクソンである。
登場時、彼らは既に都市伝説であった。深夜、ゲイ・ディスコで決行されるギグは、核のスイッチを前にした精神制御の為に、または煉獄へアプローチする為に存在した。呪われた獣性を掲げて、神秘の異彩に塗り替え、その博覧強記な虜仕掛けに凝らせた空間には、ただ騒音渦巻く歪曲の時間と坩堝だけがあった。
『ロックで一発』
『否定とは陶酔なりとや何をかいわんや』
ティム・バックリーと引いて、ジェフ・バックリーの父親と語る愚かさよ。それは31歳で事故死した息子を語るに、28歳で夭逝した父親に因縁付ける愚かさである。またそれは息子ジェフの音楽を声の存在感や孤独なる魂を引き合いに賞賛する愚かさでもある。これら心なき人々によるまやかしを悪徳と呼ばずして何を呼ぼうか。父親の乱丁コピーに過ぎぬ低俗を腐飾を以って美徳と呼ばせるものは、人々の無自覚に因む野蛮と無知である。ティム・バックリーの音楽の孕む巨大なる地獄と無垢を知る者にとって、その跋扈を許せよう筈も無い。再び言おう。王は必ずしも裸ではないのだ。そしていかにして盲人は夜の闇を知るのか、それを考えなければならない。
世の好事家、スノッブの踏み絵を案じて曰く、それは「ヴァギナ・デンタータ・オルガン」やも知れぬ。
ミニマル音楽家ラ・モンテ・ヤングの高弟としてテリー・ライリーらと共に「永久音楽劇場」の亀に魂を売り渡しかけていたジョン・ケイルが、偶然に出会ったルー・リードからロックンロールの快楽と破滅をビビビとキャッチ、オンリョウ退散とばかりにヴェルヴェット・アンダーグラウンド結成へと至った当初より、彼らはまさしく破格であった。
生活の全てを過剰演出する悪癖を持ったホワイトハウスの伊達男ウィリアム・ベネットは、ようやくTGが虫の息、あと一押しでノイズミュージック界のカリスマになれようというのに、ラムレーが率いるステライルの台頭には苦虫を噛む思い。
件のヤホワ・ボックスによりその存在を多くの人に知られることとなったヤホワ13とは、ネイティヴアメリカンのシャーマニズムと独自のバーバリアニズムを供儀に80年代初頭までカリフォルニアのハリウッドとハワイのマウイ島を中心に活動していたカルト教団である。
一家の大黒柱たる主人のあなたを差し置いて「おやじの後なんか風呂に入れねーよ」と暴言を吐くようになった一人娘のアルミ(15歳)が、既に立派な六本木のワガママ娘の暁を見ようかとする昨今、寝起きする煎餅布団の中だけ拳を握って唸ってみるも廊下に足音響くたび、汗ばむ手のひら閉じ開きする、唯々哀しい父の肩先。
『スロッビング・グリッスル解読音盤十選』
スロッビング・グリッスルの音楽性を年中云々するぼくであるが、彼らのことに想いを馳せる魔術の瞬間故にジェネシス・P・オリッジは女性に性転換したのである。侮るなかれ。
さて彼らの音楽性を真に解説する言葉はない。その理由はポップスであり、ロックであり、ノイズであり、そしてそのいずれでも無いからである。ここではTGを解読する為に標となるであろう作品を選んでみた。
■JOHN CAGE/EMPTY WORDS PART3
野次と怒号溢れる中に屹立するケージの細い朗読の声。2時間に渡り続けられる、それは他のあらゆる音楽よりも音楽らしい誇りに充ちている。ケージによるノイズ発生装置がこれである。
■MARTIN DENNY/EXOTICA
ジェネシスによる言及によってM.デニーとの相関性はよく知られることであるがしかし事実、これ程にTGと酷似している音楽は無い。このサウンドスケープが置換されたものこそが社会の姿である。
■DAF/FUR IMMER
音楽と政治性は無縁なのか、音楽に国境も主義も存在しないのか、革命歌がファシズム賛歌ではないのか、テロの後、革命は達成され、ファシストは忌み嫌われ、虐殺され、愚民が輝かんばかりに微笑み歌う。これがおぞましき世界である。
■MUSLIMGAUZE/IRAN AIR INFLIGHT MAGAZINE
パレスチナ紛争の続く限り、死後もなお作品がリリースされるアラビック・ミニマル・トランスの極致ムスリムゴウズ。本作は1988年、米空軍によるイラン航空機撃墜事件に反対し、リリースされた怒りの鎮魂曲集。
■PLASTICS/WELCOME PLASTICS
イーノやウォホールに影響を受けたと思しき、ノンミュージシャンによるファッショナブルなモダーンミュージック志向がポップスや電子音楽への微妙な誤解を抱えながら特異に変貌した、まさに純東京産テクノパンクの奇蹟。
■RAMONES/RAMONES
ポップアートの一種ラモーンズ。判別不能の制服性による暴力的なイメージと記号化された容貌によるロボット的なイメージ、そして良きアメリカを想起させるバブルガムポップの凄まじいスピードはパンクロックの果てない未来型である。
■SURGICAL PENIS KLINIK/MEAT PROCESSING SECTION
真なるインダストリアル。そして音楽が発狂する美しい瞬間は天才ニール・ヒル在籍のSPKにしか無い。TGとは反極に位置するが、失楽園的共同幻想を夢見させるエントロピーに痺れる屈折感は最上である。
■CONRAD SCHNITZLER/CON
三十年以上に渡って、抒情を排した電子音による執拗なループ、硬質で無機的なビート、浮遊感のある音響効果など音響や音質にこだわった膨大なディスコグラフィと電子音と歩む人生こそが、彼自身のコンセプチュアルアートである。
■THIS HEAT/THIS HEAT
この複雑怪奇に凍えた迷宮のような音楽は現代社会の具象化であり、そこから洩れ落ちた情念の震えである。ラスト「サイゴン陥落」、その余りにも遅すぎた終わりへの怒りの唄は永遠に哀しい。
■FRANK ZAPPA/MEETS THE MOTHERS OF PREVENTION
アメリカ政府の仕掛けた陥穽への執拗な報復は此処に極まれリ、社会運動の欺瞞を意識的に陰謀史観と絡めて攻撃し続けたザッパが、本当に憎悪していたのは法の曖昧な領域付けである。